旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

奥州道中

歩き旅のスケッチ[奥州道中]23・・・最終回(白河宿と白河城下)

最終回 「歩き旅のスケッチ[奥州道中]」は、今回が最終回。ようやく、陸奥(みちのく)への玄関口、白河の宿場町に辿り着くことができました。 この街道は、宇都宮の中心地近くにある、日光道中との分岐点(追分)が出発点。その先は、宇都宮の市街地を通過…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]22・・・白河宿へ

終着点 奥州道中の終着点は、白河の宿場を過ぎて阿武隈川を渡った先の、女石追分(おないしおいわけ)のところだと言われています。ただ私たちは、前日に大田原の宿場を発った後、ここ白河まで、2日間で40数キロの道のりを歩き続けてきたために、体力の限…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]21・・・白坂宿から白河宿へ

白河市 栃木県との県境にある東北最初の自治体は、福島県の白河市。陸奥(みちのく)への入口として、古くから重要な場所でした。古代から中世には、白河の関所が設けられ、厳しく、往来が取り締まられていたところです。江戸時代には、五街道のひとつである…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]20・・・白坂宿へ

白河の関 奥州に入った街道は、この先、白坂の宿場を通り白河へ。奥深い、東北の玄関口に向かいます。江戸時代に整備された五街道。奥州へと向かう道は、白河の宿場町の外れ辺りで終点を迎えます。 その後は、仙台道や松前道など、様々な地方の街道が、奥州…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]19・・・国境と境の明神

二所之関 街道は、いよいよ、陸奥(みちのく)の地に入ります。下野と奥州との境界は、東西に小高く連なる尾根の上。坂道を上った先の、峠あたりに境界線が通っています。 この峠には、下野側と奥州側に、それぞれ、由緒ある神社が佇みます。玉津島明神と住…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]18・・・国境へ

国境の町 下野の国を北進してきた街道は、国境の町、那須町を進みます。この町の西の地域は、那須高原で有名ですが、反対の東側は、幾重にも重なる山々が、厚い壁をつくっています。そして、この壁の中心が、下野と常陸の国、陸奥の国の境界にある八溝山(や…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]17・・・芦野宿

奥の細道 越堀(こえぼり)の宿場町辺りから街道を西にそれ、高久へと足を向けた芭蕉と曾良は、那須温泉を訪れて、温泉神社に参詣します。そして、神社近くにある、殺生石(せっしょうせき、謡曲の舞台にもなっています)を訪ねることになるのです。*1 湯を…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]16・・・芦野宿へ

芦野温泉の宿 下野(しもつけ)の国の大田原と、陸奥(みちのく)の白河との、ほぼ中間にあたるところが芦野宿。そして、この宿場町の直前に、この日の宿となる、芦野温泉ホテルが位置しています。 このホテルがある場所は、街道沿いではないものの、それほ…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]15・・・越堀宿から芦野宿へ

芦野温泉 大田原から先の街道は、那須に広がる丘陵地帯を進みます。そのために、人家もまばらで、公共の交通機関もありません。宿泊施設も限られていて、この先は、芦野の宿場近くにある、芦野温泉で宿をとるのが最適の方法です。 今どきの歩き旅の難点は、…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]14・・・鍋掛宿と越堀宿

2つの宿場 大田原の次の宿場は、那須に広がる丘陵地を進んだ先の鍋掛宿(なべかけじゅく)。そして、そのすぐ隣には、越堀宿(こえぼりじゅく)が控えています。鍋掛宿と越堀宿。この2つの宿場町は、那珂川の流れを挟んで向かい合わせに並んでいます。 お…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]13・・・鍋掛宿へ

那須の道 大田原を後にした街道は、下野の北の地域を進みます。この辺り、那須という名で有名な土地ですが、私たちには未知の場所。新鮮な気分を感じて台地の道を歩きます。 この那須の地は、鉄道や高速道路が通っている西側が、特に、よく知られた地域です…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]12・・・大田原宿と黒羽

芭蕉と黒羽(くろばね) 奥の細道の旅を続ける芭蕉と曾良は、日光から東に向かい、最短距離*1で黒羽を目指します。この、黒羽というところ、奥州道中沿線の大田原の宿場から、およそ10キロ東に位置し、那珂川の流れを見下ろす場所に、城下町を築いています…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]11・・・佐久山宿から大田原宿へ

大田原 街道は、大田原市の佐久山から、市街地へと向かいます。この都市は、栃木県の北部に位置し、その北は、那須町と那須塩原市に接しています。市の中心部には鉄道の駅は無く*1、最寄りの駅は、隣接する、那須塩原市の西那須野駅になるようです。 鉄道か…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]10・・・佐久山宿へ

佐久山と矢板 下野(しもつけ、栃木県)の北部地域は、丘陵が広がる中に、幾つもの小さな盆地が点在します。奥州に向かう街道は、それらの盆地を繋ぎながら、ひたすら北を目指します。 一方で、今日の動脈である鉄道や、高速道路などが通っているのは、街道…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]9・・・喜連川から佐久山宿へ

丘陵地 喜連川を過ぎた街道は、関東平野の北に広がる丘陵地帯に入ります。これまでは、白坂宿の直前で緩やかな丘があった他、氏家宿と喜連川宿とを隔てている、わずかな山を越えたのみ。おおかたの道中は、平坦な道筋です。 それでも、陸奥に向かう街道は、…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]8・・・喜連川宿

喜連川(きつれがわ) さくら市は、氏家と喜連川の2つの町が合併し、新しくできた自治体です。街道は、まず、氏家の町に入って、その先で、もう一つの町である喜連川へと向かいます。 さくら市の北部に位置する喜連川。この町は、独立した盆地状の地形のと…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]7・・・喜連川宿へ

古道 氏家(うじいえ)から喜連川(きつれがわ)に向かう街道は、町の境で、ひとつの丘を跨ぎます。この丘は、さくら市の早乙女と言うところ。古くは、宇都宮の軍勢と那須氏傘下の喜連川の軍勢が戦を交えたところです。これから向かう喜連川の宿場町は、丘を…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]6・・・氏家宿と氏家の町

氏家 宇都宮の追分で、日光道中から分岐して奥州へと向かう街道は、白沢の宿場を過ぎた後、鬼怒川の渡しを越えて、氏家に入ります。今は、さくら市となった氏家は、かつて、坂東の有力な武将が治めていたところです。江戸期には、奥州道中の宿場町が設けられ…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]5・・・氏家宿へ

さくら市 鬼怒川を越えた街道は、さくら市に入ります。これまで、知ることがなかったこの都市は、平成の合併で誕生した、新しい自治体です。元々は、奥州道中の宿場町として名を馳せた、氏家(うじいえ)と喜連川(きつれがわ)の2つの町が、独自に町政を敷…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]4・・・白沢宿と鬼怒川

鬼怒川 奥日光に端を発する鬼怒川は、渓谷を流れ下って、関東平野の北部地域に注ぎます。その先は、下野(しもつけ)から常陸の国へ。そして、利根川の流れと合流し、犬吠埼の先端で、太平洋に入ります。 鬼怒川温泉でよく知られるこの川は、名前からも、鬼…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]3・・・白沢宿へ

白沢街道 県道125号線は、別名、白沢街道と呼ばれています。宇都宮の次の宿場の白沢へと向かう道。奥州道中と呼ぶよりも、地元の人にしてみれば、この方が親しみやすいのかも知れません。 白沢宿を通り過ぎると、その先は、この地方の大河川、鬼怒川(き…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]2・・・駅前から白沢宿へ

多様な顔の街 栃木県の県庁所在地である宇都宮。市街地の中心は、駅前の辺りまで続きます。日光道中との分岐点である追分から、駅近くまで、宿場町、城下町、門前町の顔を持ちながら、この都市は発展してきたのです。そしてその先は、或いは、物流が盛んな商…

歩き旅のスケッチ[奥州道中]1・・・宇都宮追分から

奥州へ 今回から、「歩き旅のスケッチ」は、奥州に向かう街道を描きます。江戸時代に整備された五街道。これまでに、中山道、東海道、甲州道中、日光道中の順番に、4つの街道を歩きつないで、その道筋を描いてきたところです。 残すところは、奥州道中ただ…