旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ[北国街道]17・・・坂木宿へ

 坂城町

 

 坂城町(さかきまち)は、元々は、坂木宿が置かれていたところです。明治になって、”木”の文字が”城”の字へと書き換えられて、坂城町となりました。

 この坂城町しなの鉄道線坂城駅で頂いた資料には、「坂城町の概要」として、次のように書かれています。

 「坂城町は、長野県の東信地域と北信地域の結節点に位置し、町の中央には千曲川が流れ、周囲を1000m級の山々に囲まれた自然豊かな町です。町の主要産業は工業であり、機械・金属加工業を中心に多種多様な技術を持つ約200社の企業が集積しています。・・・また、日本で最も降雨量が少ない地域であり、晴天の日が多い気候を活かして、りんごやぶどうの生産も盛んに行われています。」

 人口は、1万3千人ほどの小さな町ですが、コンパクトにまとまった印象を受けました。

 街道は、古くからの集落を通り抜け、坂木の宿場を目指します。

 

 

 逆木

 中之条の交差点から国道に入った街道を進みます。国道沿いの道筋は、概ね民家が並んではいるものの、ところどころに事業所なども見かけます。また、立派な門構えのお屋敷などもありました。

 途中にあった交差点は「逆木」と書かれた表示板。坂城町にある「逆木」とは、どこか不思議な気持ちになったことを覚えています。

 

※国道18号に入った街道は逆木の交差点を迎えます。

 

 四ツ屋

 国道をさらに北上すると、次第に、正面から山並みが迫ってきます。山々に囲まれた坂城の町。空は大きく開けていますが、次第に山際へと近づきます。

 「逆木」の次にあったのが、四ツ屋の交差点。この交差点には、右方向から3本の道筋が国道へと繋がります。

 街道は、この交差点から右前に入る旧道です。国道から一段下った位置にある、旧道へと向かいます。

 

※四ツ屋の交差点。街道は、ここを斜め右前に進む旧道に入ります。

 

 甘泉碑

 四ツ屋交差点から旧道に入るところには、「甘泉」と刻まれた由緒ありそうな石碑がありました。傍には、他にも幾つかの石碑が置かれ、街道の名残りのように感じます。

 

※旧道(左に進む道)の付け根に置かれた「甘泉」の石碑。

 

 石碑に近づくと、傍には「甘泉碑の由来」と記された、説明板が置かれています。その内容は、次のようなものでした。

 

 「古来四ツ屋地籍旧北国街道筋には、名沢川に由来する伏流水が清水となって湧出し、人々の生活用水であり名水でもありました。さかのぼること江戸時代は文化・文政(1814~1819)の時代、四ツ屋組頭塚田甚九郎が時の代官男谷燕斎に清水の命名を請願したところ『甘泉』と命名し詩文を揮毫して与えられました。この時、碑が建設されたのです。」

 

※甘泉碑と説明板。

 

 旧道

 街道は、甘泉碑を右に見て旧道に入ります。その先は、しばらく古くからの集落を通るのですが、やがて、道幅が広がって新しい住宅が建ち並ぶ町に変わります。

 

※旧道の道幅もやや広がった感じです。

 

 坂木宿へ

 新しい町並みを眺めながら進んで行くと、やがて道は四辻を迎えます。ここから真っ直ぐに向かう道と右方向に折れる道は、共に集落内の道のよう。メインは、ここを左に折れる道。街道も、この左方向に進みます。

 

※四辻を左に折れると坂木の宿場町です。

 

 街道は、この先で、坂木の宿場に入ります。道は、整備された状態で、宿場町の面影はありません。それでも、意匠を凝らした街灯や、ところどころに目についた、白壁風の建物などが、往時の名残りを伝えているようにも感じます。

 

※坂木宿の様子。

 

 坂木の宿場を西に向かって進んで行くと、やがて、街道は右に大きく進路を変えて、北方面へと向かいます。

 一方で、進路を変える起点のところを左に折れる道があり、そこを少し入っていくと、しなの鉄道線坂城駅がありました。

 私たちは、この日の朝、信濃国分寺駅を出発し、上田宿、鼠宿と経由して坂木の宿場まで、およそ15キロの道のりを歩いてきたところです。時刻も夕方近くなり、この日の街道歩きは、ここでひと区切りすることになりました。

 

※坂木宿の中間地点。右から歩いてきた街道はここを右折し正面の方向へと向かいます。

 

 坂城駅

 街道から左にそれて、少し下ったところにあった坂城駅。駅舎自体は小さくて、正に地方の駅といった感じです。駅員さんも常駐ではない様子。私たちは、この駅を利用して、この日の宿泊地へと向かいます。

 

しなの鉄道線坂城駅

 

 坂木宿の後半

 翌朝は、再び坂城駅へと舞い戻り、そこを起点に街道歩きを続けます。まず、坂木の宿場の中間地点。東から西へと進んだ街道が北方向に折れ曲がる角の地点に向かいます。

 下の写真は、前回の最終写真と同じもの。右方向からやってきた街道は、坂木の宿場の中間地点で、北方向の正面奥へと向かいます。

 

※坂木宿の中間地点の屈折点。

 

 後半の坂木の宿場も、それほど宿場町の面影はありません。ただ、途中には、「ふるさと歴史館」と記された建物があり、その一角だけは趣ある雰囲気を感じます。

 建物の入口には、立派な長屋門が配されていて、その奥には少し変わった建ち前のお屋敷が見えました。この長屋門、坂木宿の本陣のものだということですが、この奥の建物は、江戸時代のものではありません。今は、資料館として活用されているみたいです。

 

※ふるさと歴史館前の様子。

 宿場町は、緩やかな上り坂。正面の山の際へと向かうように、真っ直ぐに北に向かって進みます。

 やがて、宿場町が途切れるような辺りには、格子戸が美しい、何軒かの木造の民家もありました。この辺り、僅かに宿場町の雰囲気が漂ってくるような風景です。落ち着いた民家の中を、静かに街道が通っています。

 

※坂木の宿場町が途切れる辺りの風景。