残された旧道
街道は、調布市から世田谷区に入った後で、杉並区、そして、渋谷区の北部地域をかすめるように東進します。宿場町は、上高井戸から下高井戸と渡りつないで、街道最後の宿場町、内藤新宿へと向かいます。
この街道のルートには、国道20号線を通らずに、旧道を辿る道が残っています。勿論、道の姿は大きく変わり、往時の面影を残すところはわずかです。それでも、都心に近いこの位置で、波打つように蛇行する道筋は、貴重な財産のようにも思えます。
大きく姿を変える街にあっても、今に伝わる歴史の道が、いつまでも残ることを、願わずにはいられません。
旧道
国道を進む街道は、つつじヶ丘の駅の先で、わずかの区間、旧道に入ります。国道から取り残された往時の道は、ひっそりと、その姿を隠しています。
※国道から離れ、斜め左の旧道に入ります。
弓なりに弧を描いた旧道は、途中から緩やかな上り坂。その先で、再び国道に戻ります。そして、調布市の仙川二丁目交差点。歩道橋に掲げられた標識は、新宿まで12キロ、高井戸までは4キロの距離を示しています。
※調布市の仙川二丁目交差点。
仙川駅近く
ところどころに木々を配した国道は、やがて、京王線の仙川駅に近づきます。この辺り、車の往き来も激しくて、人の通りも目立ちます。
正面の歩道橋は、仙川駅入口交差点に架かるもの。この右奥が仙川駅になるのでしょう。
※仙川駅入口交差点を正面に見た街道。
一里塚
仙川駅入口の交差点付近には、多くの若者の姿がありました。おそらく、信号待ちだと思うのですが、歩道橋は、あまり使われていない様子です。
そこには、コンビニなどの店もあり、人の出入りも頻繁です。
よく見ると、コンビニの敷地の際に、その場には似つかわしくないような、立派な石造りの案内板がありました。「仙川一里塚跡」と記された案内板。江戸日本橋を起点として、5里(約20Km)の距離だということです。
さらに、「この手前の一里塚は上北沢で、次が小島一里塚となる。現在、昔のおもかげは全くみられないが、土地の人は今でもこのあたりを塚とよんでおり、地名に当時の名残りをとどめている。」と書かれています。
※コンビニ前に置かれていた仙川一里塚跡の案内モニュメント。
再び旧道へ
国道は、仙川の駅前を過ぎた後、仙川三差路を迎えます。この三叉路は、国道が左に大きくカーブする中、街道は、真っ直ぐ延びる旧道の方向です。
※仙川三差路の様子。
世田谷区
仙川三差路交差点から、旧道に入った街道は、間もなく、世田谷区の領域に入ります。片側1車線のこの道は、歩道の設備はありません。低層の住宅などが連なって、都心に近い住宅地の様子です。
※世田谷区に入った街道の様子。
街道は、この後もしばらく、旧道を通ります。そして、京王線千歳烏山駅入口の交差点。高層の建物などはないものの、様々なお店が軒を連ねて、少し賑やかなところです。
※千歳烏山駅入口の交差点付近。
上高井戸宿
しばらくすると、街道は、杉並区上高井戸に入ります。道の際には、「日本橋依り四里」と彫られた石標が置かれていて、併せて「高井戸宿」と書かれています。
この石標、直前の仙川の一里塚から、それほど離れた場所ではありません。或いは、もう少し先にあった石標が、道路工事の関係で移設されたのかも知れません。
それでも、上高井戸の宿場町は、確かに、この辺りから始まっていたのでしょう。今では、その面影は見られませんが、石標や石仏などが、その名残を伝えています。
※高井戸の一里塚と高井戸宿を示す石標。
上高井戸の宿場には、本陣と問屋が各1軒ありました。脇本陣はなかったようで、旅籠の数もわずかに2軒。宿場町というよりも、街道筋のひとつの町だったのかも知れません。
合流
上高井戸に踏み入れた街道は、この先で、国道20号線と合流です。斜め左の後ろから、国道が近づいて、2つの道は鋭角に交わります。
※左から迫る国道と合流する街道。
上高井戸
街中の旧道を通り終えた街道は、上高井戸で国道と合流した後、国道の歩道に沿って進みます。合流地点を含む辺りは、上高井戸の宿場町。今は、全くの都市の様相で、往時の町の面影は見ることはできません。
前の宿場の布田五ケ宿からおよそ6キロの位置関係。街道は、環八通りの高架橋を潜り抜け、上北沢へと向かいます。
※旧道を通り終え、国道20号線に合流した後の街道。正面の高架橋は環八通り。
上北沢
ケヤキ並木の国道を東へと向かって行くと、次は、世田谷区上北沢に入ります。上高井戸で、一旦、杉並区に踏み入れた街道も、わずかの区間、再び世田谷区に戻るのです。
そして、街道は、上北沢から下高井戸へ。車が往き交う、幹線道路の歩道に沿って、さらに東へと向かいます。
※上北沢4丁目付近。
下高井戸へ
国道が、上北沢駅入口第二交差点に近づくと、左から、高速道路の高架橋が迫ってきます。この道は、首都高速4号新宿線。中央高速自動車道路が高井戸で終了し、その先、都心に向かう道路です。
街道は、ここからしばらく、首都高の高架橋が覆いかぶさる、国道の道に沿って進みます。
下高井戸宿
街道は、やがて下高井戸に入ります。そして、京王線桜上水駅の北側を通過して、下高井戸の駅方面へと向かいます。
この辺り、かつて、下高井戸の宿場が置かれたところです。今は、下の写真で分かる通り、幹線道路の道筋で、宿場の名残りはどこを見てもありません。
※左、下高井戸1丁目辺り。右、桜上水駅北交差点。
下高井戸の宿場には、本陣と問屋が各1軒、旅籠は3軒あったということです。上高井戸から1.5キロ。この2つの宿場町は、互いに協力し合いながら、運営されていたということです。
街道は、この先、いよいよ最後の宿場町、内藤新宿へと向かいます。