旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ[日光道中]24・・・小金井宿から石橋宿へ

 下野の道

 

 下野市には、かつて、小金井宿と石橋宿の2つの宿場がありました。平成の合併までは、別々の町にあった宿場町も、今は、ひとつの自治体の中。何れも、国道4号線に沿ったところで、宿場町の面影はありません。

 淡々とした国道伝いの歩き旅。宇都宮の中心地に迫るまで、1キロごとに設置した、国道の距離標示を確認しながら、黙々と先を目指して進みます。

 

 

 小金井宿

 前日とは打って変わって、青空がどこまでも広がる中を、小金井の宿場から、この日の歩き旅を始めます。

 

 小金井の宿場町は、小金井駅のすぐ西側。今の、国道4号線伝いにありました。その規模は、本陣と脇本陣が各1軒、旅籠は43軒あったということです。

 日光道中の宿場町では、ごく普通の大きさで、それなりの役割を果たしていた様子です。

 今はもう、宿場町の面影は、どこにも見ることはできません。整備された国道の道筋を、北に向けて進みます。

 

※小金井宿を通る国道4号線。

 小金井の一里塚

 かつての宿場町を少し歩いた左手に、大木がそびえる一角がありました。そこに置かれた説明板には、「小金井の一里塚」と書かれています。

 

※小金井の一里塚と街道。

 

 説明板の内容は、一里塚の一般的な解説ですですが、ところどころに、興味を引く記載がありました。そのひとつ、

 

 「この二つの塚の間を通っている道が江戸時代の五街道の一つ、日光街道です。」

 

 との記述です。一里塚をよく見ると、塚の奥にも、もうひとつ塚があるようです。角度を変えた一コマが、下に示した写真です。

 なるほど、2つの塚が並んでいて、その間には、道のような空間がありました。この空間こそ、かつての日光道中という訳です。今は、その前後の道が無いために、やむを得ず、国道の歩道を辿っているのです。

 

※2つの一里塚が残っている小金井の一里塚。

 

 塚の前の説明板には、他にも、次のような記載がありました。

 

 「塚は五間(約9.1メートル)四方の四角形に築かれ、榎が植えられましたが、今ではすっかり変形して丸塚となり、何代目かの榎とくぬぎの巨木が同居しています。」

 

 長い年月を重ねてきた一里塚。少しずつ、その姿を変えながら、なおこの場にあり続けているのです。

 

 一里塚を過ぎた後も、しばらくの間、かつての小金井宿の道筋を進みます。

 

※小金井宿の様子。正面には国道4号線を跨ぐ小金井の歩道橋。

 

 慈眼寺と本陣

 道筋は、近代的な街並みですが、ところどころに、寺院なども見られます。左奥に門を構える慈眼寺は、由緒あるお寺のようで、奥深さを感じます。このような寺院や神社は、往時から、街道を往き来する旅人達を、見守り続けてきたのでしょう。

 

※慈眼寺。右側にはたくさんの石仏や石塔が並んでいます。

 

 慈眼寺から、少し進むと、今度は、石の塀に挟まれた、黒門が見えました。門の柱のところには、「小金井宿本陣」の表示です。

 今は、民家のようですが、かつては、ここに本陣が置かれていたのでしょう。わずかに、この門だけが、往時の様子を伝えています。

 

※本陣と表示された黒門。

 

 国道を北へ

 やがて街道は、小金井の宿場町を後にして、真っ直ぐ続く国道をひたすら、北に向けて進みます。

 右手には、国道と平行して、新幹線の高架の軌道が走っています。道沿いは、農地も広がり、関東平野の北に続く稜線が見事に望める地域です。

 

※左、右に新幹線の軌道を見ながら進みます。左、農地が広がり奥には山並みを望めます。

 自治医大

 国道を進んで行くと、右方向に「自治医大駅」の表示です。道路上に掲げられた標識も、「自治医大附属病院」を案内するものでした。

 報道などでよく耳にする、自治医大下野市のこの場所にあることを、初めて知ることになりました。

 建物の間から、垣間見える自治医大。立派な幾つもの建物が、高架の向こうに並んでいます。

 

自治医大を案内する標識。写真にはありませんが、左手が下野市役所です。

 

 旧道へ

 街道は、この先で左に折れて、旧道に入ります。この道はしばらくの間、国道のすぐ西側を、国道と平行して北上します。道沿いは、新旧の民家が点在し、農地なども広がります。

 車の往来はあまりなく、のどかな空気が漂います。

 

※旧道に入った軌道。

 

 旧道は、農家が連なる、古くからの集落に入ります。落ち着いた雰囲気の農家には、倉なども残っています。

 

※集落内に入った街道。

 

 真っ直ぐ延びる旧道は、やがて、農地の中へ。ネギが植わる畑の向こうに見えたのは、美しい山並みです。日光から足尾につながる山脈なのか、或いは、更にその奥の、群馬にそびえる山々なのか。青空に続く稜線は、見事な景色を広げています。

 

※ネギ畑の向こうには、見事な山並みが望めます。

 

 街道は、収穫を終え、茶色に広がる農地の中を進みます。道沿いは、最後のキャベツの収穫作業も進んでいて、冬に向かう準備などが行われている様子です。

 

※農地が広がる街道沿い。

 

 日光街道

 旧道は、農地から、再び小さな集落に入ります。そして、その先で、ほぼ行き止まりの状態に。

 木々が茂る森のような光景が、正面を閉ざします。

 

※道の正面は、森が閉ざしているようです。

 

 森の方に近づくと、木で作られた「旧日光街道」の表示板。そして、森の中には、古道のような道筋が残っています。

 さらに、表示板の隣には、「注意」との、赤字書き表示がありました。そこには、「これより赤道です通行は自己責任でお願いします。」との記載です。

 

 赤道という文字を見ていると、何か、危険な道のよう。危うきには近寄らないのが鉄則で、私たちは、右方向に進路を変えて、国道に戻ることになりました。

 

※旧日光街道の古道。