旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ[日光道中]26・・・雀宮宿から宇都宮宿へ

 宇都宮市

 

 街道は、下野市にある2つの宿場(小金井宿と石橋宿)を経た後で、宇都宮市に入ります。宇都宮は、言うまでもなく、栃木県の中心地。県庁の所在地でもあり、関東北部の拠点です。

 この宇都宮、市域も広く、様々な表情を見せながら、旅人を迎えます。街道は、まず、南部地域の宿場町、雀宮(すずめのみや)を経由して、宇都宮の市街地へと向かいます。

 

 

 自衛隊駐屯地

 宇都宮市に入った街道は、住宅や店舗が並ぶ道筋を進みます。そして、左手奥には、森のような木々が覆う一帯が。

 この場所は何なのか。少し不思議には感じていましたが、どうも、自衛隊の基地のよう。地図でも、そのことを確認することができました。

 しばらくすると、茂原・自衛隊前交差点。確かに、自衛隊の敷地です。

 

※茂原・自衛隊前の交差点。

 交差点の左奥には、「宇都宮駐屯地」と記された、緑色の表示板が見えました。入り口は、厳重なゲート管理がなされています。

 

※宇都宮駐屯地のゲート。

 雀宮宿(すずめのみやじゅく)へ

 道沿いは、次第に町並みが密になり、お店の数が増してきた感じです。途中には、宇都宮市高砂町と表示された歩道橋。次第に、次の宿場の、雀宮に近づきます。

 

宇都宮市高砂町を通る街道。

 

 しばらくすると、国道の歩道には、東京から99キロ地点を示す標示柱が置かれています。日本橋から、もう、こんな距離を歩いたのかと、わずかながら、感慨を覚えたものでした。

 道沿いは、新しい住宅が並んでいます。この辺り、看板などで確認すると、既に、雀宮の町になるようです。かつての宿場町は、もう間もなくのところです。

 

※雀宮の地域に入った街道。

 

 雀宮宿(すずめのみやじゅく)

 北に向かう街道は、やがて、雀宮駅前交差点を迎えます。そして、この交差点の直前には、立派なお屋敷がありました。

 道沿いの板塀や、門構えを備えたこの屋敷、「雀宮宿仮本陣」と記された木の札が架かっています。ここが、雀宮宿の脇本陣。小じんまりとはしているものの、由緒あるお屋敷です。

 街道は、既に、雀宮の宿場町。しかも、この辺りが、中心地の様子です。

 

雀宮駅前交差点(左)と脇本陣

 

 雀宮の宿場町は、先の宿場の石橋宿から、およそ6.5キロ離れています。そして、本陣と脇本陣が各1軒、旅籠は38軒ありました。

 それほど、大きな規模でないことは、次の宿場が、奥州道中との分岐点となる要の宿場、宇都宮宿であることからも、理解できるような気がします。

 もう一枚、脇本陣の建物を、正面からご覧いただければと思います。

 

※雀宮宿の脇本陣の正面。

 

 雀宮駅前交差点から、北に続く宿場町。魅力を感じる、”すずめのみや”、の名前の響きとは裏腹に、特徴のある町並みではありません。

 宿場町の面影が残るところはごく僅か。後は、民家やお店が国道伝いに並んでいます。

 

※雀宮宿の様子。

 

 雀宮神社

 宿場町を少し進むと、右側に、小さな神社が見えました。鳥居と社を結んでいる、赤白の提灯には、「雀宮神社」と書かれています。

 雀宮は、古くからの地名のようで、この神社は、地域の鎮守だったのかも知れません。木々はそれほど多くなく、境内が国道からも見通せます。

 

※雀宮神社。

 

 100キロ地点

 雀宮神社を通り過ぎ、しばらく進むと、再び、国道4号線の距離表示。そこには、丁度100キロの区切りの数字が書かれています。日本橋から、100キロ地点。ただの一区切りだとは思いつつ、少しは達成感を抱いたことを覚えています。

 

日本橋から100キロ地点を示す距離標示。

 

 旧道へ

 街道は、100キロ表示を過ぎた後、すぐに、左手の旧道に入ります。この旧道、国道のすぐ西側を通っていて、路地裏のようなところです。

 ごく狭い道幅は、宿場町を通り終えた証のようにも思えます。この先は、宇都宮の宿場を目指す、農地に囲まれた道だったのかも知れません。

 

※国道の直ぐ左手を進む旧道。

 

 旧道は、少し先で、事業所に囲まれた敷地の中を通ります。この道は、公の道かどうかは分かりませんが、かつては確かに、街道だったのだと思います。

 少し、気遣いしながらも、事業所の建物脇をすり抜けます。

 

※事業所などに囲まれた旧道。

 

 国道へ

 旧道をさらに北へと進んで行くと、やがて、道は行き止まり。そこからは、右に折れ、すぐ先の国道に戻ります。

 

※国道に戻った街道。

 

 広々とした国道は、途中で、道幅が狭まります。台新田の辺りでは、民家が迫り、歩道も、一人がようやく歩ける程の狭さです。

 この辺り、道路工事がところどころで進められ、いずれ国道は、広く整備されていくのでしょう。

 

※台新田という地域を通過する街道。

 

 市街地へ

 街道は、国道伝いに、さらに北へと向かいます。町並みは、住居などもありますが、お店や事業所も増えてきた様子です。

 看板が目立ち始めた辺りには、上横田の歩道橋が、国道を跨いでいます。国道端の小学校の安全対策なのでしょう。

 少しずつ、宇都宮の市街地に近づいてきた雰囲気です。

 

※上横田歩道橋と街道。

 

 一里

 国道は、しばらくすると、一里の交差点を迎えます。地図を見ると、ここは、江曽島というところ。『ちゃんと歩ける日光街道奥州街道』の記載によると、かつて、この辺りには、江曽島の一里塚が築かれていたということです。

 この交差点のすぐ右は、JR東北本線の軌道です。一里塚は、国道や軌道の整備で、その姿を消すことになりました。

 国道は、この先で、やや西方向に進路を変えて、軌道から少しずつ距離を置き、宇都宮の市街地へと近づきます。

 

※一里の交差点。右にはJR東北本線の軌道です。