旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ[日光道中]19・・・間々田宿へ

 奥の細道2泊目の地

 

 芭蕉と共に旅をした、曾良が綴った『曾良旅日記』。その初めのところには、奥の細道の、2泊目の宿場について、次のように書かれています。

 「廿八日、マゝダニ泊ル。カスカベヨリ九里。」

 前日に、粕壁宿で宿をとった、奥の細道の第一夜。翌日の2日目は、旧暦の3月28日に、間々田(ままだ)の宿場で過ごしたことが、記されているのです。芭蕉曾良が一夜を明かした間々田とは、どのような町なのか。2人の影を追いながら、私たちも間々田宿へと向かいます。

 

 

 野木町

 野木の宿場を終えた後、まだしばらくは、野木の町を歩きます。沿線は、大きな屋敷は姿を消して、農地が広がる地域に変わります。

 ところどころで、事業所などが見られるものの、広々とした緑の景色を味わいながら、爽やかな空気の中を進みます。

 

※野木宿を後にして、野木の町を歩きます。

 

 長屋門

 街道は、やがて、野木町の友沼という地域に入ります。新しい住宅地などが点在する中、昔ながらの集落のような町並みも残っています。

 途中には、立派な長屋門を構えた住宅が。往時の街道の道筋は、国道に飲み込まれたにもかかわらず、このような由緒ある建物が残っているとは、思いもよらないことでした。

 

※立派な長屋門を配した住宅。

 

 野木町の中心地

 街道は、野木の町を北へと進み、隣接する小山市へと向かいます。国道に架けられた歩道橋の標識は、宇都宮まで41キロ、小山まで12キロの表示です。

 

野木町松原の歩道橋。

 

 しばらくすると、再び、立派な長屋門。道沿いは、旧来からの集落の様相で、木々を配した、木造の住宅が並びます。

 少し先の交差点は、「役場入口」の表示です。野木町役場は、この辺りにあるのでしょうか。随分と、町の北部に偏っているようにも思えます。

 地図で確認したところ、野木町の中心は、やはり、この街道の東奥(右奥)。役場やJRの野木駅など、主要な施設が集まっている様子です。

 

長屋門と役場入口交差点。

 

 小山市

 小山市の市街地までは、まだもう少し距離があるようですが、街道は、野木町の北部地域をさらに北へと進んで行って、次第に、小山市の領域に近づきます。

 国道伝いの街道の沿線は、民家やお店が並んでいます。ただ、その一筋奥には、広々とした農地があるのでしょう。時折、鎮守の森や寺院も見られ、古くからの集落を、一筋の街道がつないでいるようなところです。

 

小山市へと向かう国道伝いの街道。

 小山市

 小さな交差点の隅にある鎮守の森を過ぎた後、街道は、小山市に入ります。野木町との境にある、この、小山市の最初の地域は、”乙女”と呼ばれています。地域表示やバス停など、”乙女”と書かれた表示を見ると、どこか微笑ましく感じてしまいます。

 

小山市に入った街道。

 

 一里塚

 小山市の乙女を通る街道を進んで行くと、左手に、小さな鳥居とエノキの大木がそそり立つ一角がありました。ここが乙女の一里塚。江戸から、18里目となるようです。

 傍に置かれた国道の距離標示では、69キロを示しています。これを見ると、街道と国道は、そこそこ同じ距離関係を保ちながら、宇都宮へと向かって行っているようです。

 

※乙女の一里塚。

 

 中妻

 街道は、この先、農地と民家が交錯する道筋を進みます。真っ直ぐ延びる直線道路。1キロごとに確認できる国道の距離標識と、地域のバスの停留所をよりどころにして、一路、間々田へと向かいます。

 

※中妻のバス停留所

 

 やがて、東京から70キロの距離標示。概ね140キロの日光道中の道のりの、半ば辺りに近づいた勘定です。

 江戸日本橋を出発してから、6日目となる街道歩き。疲れが溜まってきてはいるものの、達成感も味わって、気分は上々の状態です。この日は、街道歩き前半の行程の最終日。取りあえず、間々田の町を目指します。

 

※国道4号線の70キロ表示。

 佛光寺と乙女八幡宮

 広々とした農地が見られた街道も、やがて、住宅が軒を連ねる町並みに変わります。しばらくすると、右手には、佛光寺の境内です。道沿いには、立派な門柱と、石像などが配置され、厳かさを感じます。

 佛光寺前のバス停は、「乙女八幡宮入口」の表示です。佛光寺の向かいには、八幡宮も鎮座して、この辺り、神々しさが漂うようなところです。

 

佛光寺前の様子。

 

 間々田(ままだ)の町

 街道は、乙女交差点を横切って、間々田の町に近づきます。道沿いには、お店なども目立ち始めて、何となく、この辺りの中心地に入ってきた感じです。

 やがて、間々田駅入口交差点。間々田の宿場は、ここから始まっていたようです。

 

 芭蕉曾良が、2日目の夜を過ごした間々田宿。その町並みは、後半の行程で味わうことにして、私たちの日光道中歩き旅の前半は、ここでひとまず、終えることになりました。

 

※間々田駅入口交差点。間々田宿の始まりです。

 行程

 昨年*1の10月に、6日をかけて歩きつないだ、日光道中歩き旅。前半の行程は、間々田宿の入口で終了です。私たちは、交差点を右に折れ、間々田駅へと向かいます。

 

 次に、この間々田へと戻ってきたのは、同年の11月。一月を経て、後半の行程を進むことになりました。後半は、5日間の行程で、間々田から一気に日光を目指します。

 次回からの「歩き旅のスケッチ[日光道中]」は、引き続きこの間々田から、歩きつないだ街道の風景をお伝えしたいと思います。

 

*1:2022年