茅野
茅野市は、諏訪市の南に隣接する、諏訪地方の都市のひとつです。市域には、宮川と上川の2つの河川が平地を作り、諏訪湖へと注いでいます。茅野という名前の通り、かつては、これらの河川敷には、茅(かや)の野原が広がっていたのかも知れません。
市の中心は、茅野駅の周辺辺り。甲州道中の道筋も、その辺りを通っています。
一方で、市域の東は、蓼科山をはじめとした、北八ヶ岳の連山が広がります。霧ヶ峰や車山、白樺湖など、信州きっての景勝地も、この、茅野市に属しています。
街道は、次第に山が迫る谷あいの道へと変わり、山梨との県境に近づきます。
2日目の甲州道中
前日は、茅野駅近くで行程を終えたため、この日は、再び茅野駅に舞い戻り、街道歩きをつなぎます。
前日の終了地点は、駅近くの交差点。駅を降り、わずかに西に向かった先の、少し複雑な形の四叉路です。いずれの道も、直角には交叉せず、思いのままに、この交差点に交わっているようなところです。
私たちは、早速、この交差点に立ち戻り、次の宿場の金沢宿を目指します。
諏訪大社の大鳥居
交差点から先の街道は、旧道の面影はありません。完全に整備された主要道路に変わっています。この道は県道で、幹線道路の国道は、県道のやや西側を通っています。
県道をしばらく進むと、右側に、堂々とした鳥居が見えました。これは、諏訪大社上社の大鳥居。ここが、上社への入口になるのでしょう。
諏訪大社の境内自体は、ここから2~3Km西に向かった場所ですが、かつては、甲州道中のこの位置が、大社への参道の始まりだったのだと思います。
※諏訪大社上社の大鳥居。
上川
街道の沿線は、この先で、新しく生まれ変わった感じがする、新鮮な町並みに変わります。歩道も美しく整備され、空が一気に広がります。
そして、茅野を流れる河川のひとつ、上川を横断です。
※上川を宮川の町へと渡ります。
新しく整備された、上川の橋を渡っていると、雪解け水が瀬をつくる、清冽な流れの響きに、目と耳が奪われました。JR中央本線の鉄橋は、やや興ざめな感もありますが、その先には、北八ヶ岳の連山が、美しい稜線を描いていて、素晴らしい眺めのところです。
信州の街道は、その昔、冬は大変厳しい道だったのだと思います。その一方で、春や夏には、心地よい音と空気に包まれて、爽やかな道中だったことでしょう。
※上川の流れと北八ヶ岳の稜線。
宮川
上川の橋を渡った先で、宮川の町に入ります。この沿線は、新しい町並みですが、どことなく、歴史の香りも漂います。幾つかの神社などが目にとまる他、なまこ壁など、意匠を凝らした建物も見られます。
この町は、元は、宿場と宿場の間にあった、休憩地。間の宿(あいのしゅく)と位置づけられる町でした。ことほど左様に、この先の街道は、趣きのある町並みを残しています。
※宮川の町。
宮川の町を歩き進むと、その先で、道は2手に分かれます。直進道路は、これまでの延長線。街道は、斜め左の方向です。
2手に分かれる分岐点の直前には、歴史ある、老舗の味噌の醸造所がありました。由緒がありそうな、店や蔵の建前と、歩道際の巨大な木樽は、商いへの自信の表れにも感じます。
街道の歴史と共にあるような、落ち着いた空気の中を、旧道へと進みます。
※左、二手に分かれる道の分岐点。右、分岐の手前にある老舗の味噌醸造所。
旧道は、 わずか100メートルほどの直進道路。ここにも、わずかながらも、歴史を感じる、老舗の店構えを見ることができました。
その後、街道は、先程分かれた県道と合流します。つまり、県道は迂回していて、旧道が、斜めにショートカットしているという状態です。
※県道と合流した街道。
盆地の終わり
県道と合流した後、街道は、大きく右方向に進路を変えて、徐々に勾配を増す坂道に。
この坂道は、真っすぐに延びる道。左手には、斜面が迫り、その上をJR中央本線の軌道が通っています。先を見ると、中央自動車道路の高架橋。この辺りで、諏訪盆地は姿を消して、街道は、山が迫る、谷あいの道へと入ります。
※坂道の直線道路。左には、JRの軌道。正面は中央自動車道路が見えます。
坂室
中央自動車道路の高架下を過ぎた先は、落ち着いた雰囲気の集落が現れます。ここは、坂室の集落で、木造の家並みや、美しく手入れされた庭木などが目に入り、心地よく感じられる道筋です。
※坂室の集落。
石仏石塔群
やがて、ひとつの川*1を越えた先が、宮川坂室の交差点。街道は、ここで県道と別れを告げて、左手の坂道に向かいます。
交差点の左隅には、常夜灯や馬頭観音を始めとする、幾つもの石塔や石仏などが置かれています。甲州道中の沿道では、このような石仏石塔群を、いたるところで見かけます。この街道の特徴の一つであると言えるでしょう。
※左、宮川坂室交差点の手前にある橋。右、宮川坂室交差点と石塔石仏群。街道はここを左に入ります。