旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ[熊野古道]1・・・熊野古道と滝尻王子

 熊野の森

 

 もう四半世紀も前のこと、私は、ある仕事の関係で、初めて熊野の峰々に囲まれた、小さな町を訪れました。歴史を刻んだその町は、中辺路町というところ。今は田辺市の市域に入ります。

 熊野の名前は、以前から、時々耳にしていましたが、実際に訪れるまで、関心を持つことはなかったと思います。それでも、一たび足を踏み入れてからというものは、淡い興味を惹かれるようになったのです。

 私の脳裏に刻まれた、熊野の地。熊野古道が、2004年に世界遺産に登録されて、広く世界中に知られるようになりました。この時以来、幾つかの道筋を持つこの道を、一度は歩いてみたいと思うようになったのです。

 そんな思いを持ちながら、時は過ぎ、とうとう今日を迎えることになりました。街道歩きの狭間の時期に、つかの間の、体力づくりと思い立ち、昨年(2021年)の梅の実が色づく季節に、熊野の古道歩きに挑戦することになりました。

 「歩き旅のスケッチ[熊野古道]」は、今回から、10回ほどのシリーズでお届けしたいと思います。

 

 

 熊野古道の道筋

 

 熊野古道」と、一口で呼ぶものの、この道は、幾つかのルートを有していて、一様ではありません。「熊野古道」は、紀伊半島の南部に広がる峰々を、様々な方向から歩きつなぐ山道の総称です。

 平安の頃から信仰を高めた熊野の地。京の都辺りから、或いは、紀伊の国を海沿いに南下して、また或いは、高野山から真っすぐに山並みを南に下って、熊野本宮大社を目指すのです。

 さらには、伊勢神宮の参詣を終え、伊勢の国の険しい道を辿るルートも知られています。

 

 新宮市観光協会がホームページに掲載しているルート図は、これらの道筋の全容がよく分かります。下の地図をご覧いただき、その姿を確認頂ければと思います。

 

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新宮市観光協会HPより。

 

 熊野詣(くまのもうで)

 何故、人々は、熊野の地を目指すのか。それはひとえに、熊野三山の参詣のため。熊野の地にある、3か所の霊場を辿る巡礼です。

 紀伊山地の南の峰には、熊野本宮大社が姿を隠し、熊野灘に面した地には、熊野速玉(はやたま)大社が鎮座して、那智の峰の直下には、熊野那智大社が控えています。

 この熊野三山は、古くから、信仰の対象となりました。神話にも関係しているようですが、いつの日か、修験道の人達の修行の場として、或いは、皇族たちの参詣により、霊験あらたかな聖地へと、昇華することになったのです。

 

 熊野三山を目指す道。私たちは、中でも、多くの都人が利用した、中辺路なかへちへと向かいます。

 

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 中辺路(なかへち)

 今も残る熊野古道の中辺路は、田辺市から、車で30分ほど紀伊山地に入ったところが起点です。元々は、上の地図にもあるように、田辺市辺りから、この道は、始まってはいましたが、今でも辿り歩くことができるのか、詳しくは分かりません。

 今では、富田川の清流に、石船川(いしぶりがわ)が合流する位置にある、滝尻王子が、スタート地点として紹介されているのです。

 中辺路は、名前の通り、熊野の峰の中央を、東に向けて横断する、熊野詣の中心道。

 川の合流点付近には、広々とした駐車場や、熊野古道館と名づけられた観光案内施設なども整備され、古道に向かう拠点の役割を担っています。

 私たちは、ここに車を駐車して、滝尻王子に向かいます。

 

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※滝尻王子の入口付近の様子。

 

 滝尻王子の入口は、山裾の小さな広場のようなところです。近くには、観光客相手のお店もあって、一時期は多くの人達で賑わっていたのでしょう。今は、コロナの影響や世界遺産のブームも去って、少し寂しく感じます。

 

 滝尻王子の敷地に入ると、そこは鎮守の杜の境内のような雰囲気です。木々が茂る奥の方には、小さな社がひっそりと佇みます。

 この社こそ、滝尻王子。熊野本宮大社に向かう道の、ある種の、神聖な入口と位置づけられていたところです。

 私たちは、道中の安全を願いつつ、社の前で柏手を打ちました。

 

 さあ、いよいよ、熊野古道歩きに挑戦です。古道へは、滝尻王子の左側、富田川の左岸近くの細道から入ります。

 境内の左側の片隅に、「起点」を示す表示杭。そこから、滝尻王子の社の裏へと進みます。

 

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熊野古道の「起点」。

 

 王子とは

 ここで少し、「王子(おうじ)」について触れておきたいと思います。熊野古道の起点には、先に述べた滝尻王子がある訳ですが、古道には、この他にも、至る所に「〇〇王子」が置かれています。

 私が以前、熊野の地を訪れた時、地元の方に教わったのは、”王子とは、古道を歩く人々の目印として、あるいはまた、安全祈願の施設として整備された”、というものです。もしかして、街道の一里塚とよく似た位置づけの施設なのかも知れません。

 ウィキペディアの説明では、「王子は参詣途上で儀礼を行う場所であった。」とされていて、「熊野権現御子神」として「参詣者の庇護が期待された」施設であったということです。

 参詣者は、厳しい巡礼の道に祀られた「王子」を区切りに、歩きつないで行かれたのだと思います。そして、その前に差し掛かると、「王子」に対し手を合わせ、道中の安全の祈りを捧げていたのかも知れません。

 

 山中へ

 熊野古道の中辺路は、滝尻王子の裏山に入ります。道は、一気に急峻な坂道に。辺りは、鬱蒼とした木々が斜面を覆い、深い森の中に突き進んで行く感覚です。

 一人では、とても心細くなるような、自然の恐怖をも感じてしまう道筋が続きます。

 

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熊野古道、中辺路の急峻な坂道。