中辺路を辿りながら、熊野本宮大社を目指す旅。いよいよ最後の、歩き旅の区間に入ります。
この日に歩く行程は、大社の北西の峠にある、発心門王子から、熊野本宮大社まで。熊野古道の、最も人気のあるルートです。この区間には、幾つかの王子があるため、ペースの確認ができる他、全体的に下り坂となっていて、歩きやすいところです。
石畳の道筋や、杉の大木に囲まれて、森の中を縫うように延びていく熊野の道は、歴史のロマンをかきたてます。
発心門王子
発心門王子(ほっしんもんおうじ)の名前の謂れは、地元で入手できる地図中に、次のように書かれています。
「かつて大きな鳥居があった場所です。『鳥居をくぐる事で、仏道に帰依しようとする心が芽生える』という意味から『発心門』といいます。」
その昔、熊野詣を試みた人々は、いよいよ熊野本宮大社に向かうため、神聖な、特別の場として、発心門の大鳥居をくぐったことでしょう。
※発心門王子前の熊野古道。
「発心門」という名を聞くと、四国八十八か所の巡礼の入口である、徳島県の霊山寺を思い起こします。霊山寺は、88か所ある霊場の1番札所。多くのお遍路さんたちが、最初に訪れる寺院です。
この霊山寺の門前に向かう道にも鳥居があって、その名がまさしく「発心門」。四国巡礼の入口です。
1400Kmにも及ぶ巡礼の旅の入口と、約7Km先に位置している聖地を前にした入口とでは、少し趣は異なるものの、気持的には、共に、信心の心を確かめる、重要な役割を担っているところだと思います。
※左、四国徳島県、1番札所霊山寺の参道にある「発心門」。右、熊野の発心門王子。
私たちは、熊野の山中に密かに佇む、発心門王子を後にして、熊野本宮大社を目指す、最後の古道歩きを始めます。
※左、発心門から古道歩きの再開です。右、熊野古道は、ここを右方向へ。
発心門王子のバス停へ
発心門王子から、少し舗装道路を歩いた先で、右方向の旧道に入ります。ほぼ平坦な道を進むと、左手に少し広がりのある空間が。その場所は、路線バスの停留所兼転回所。近くには、トイレなども併設された、小奇麗な休憩所もありました。
この辺りには、地元の方や観光客の移動のために、龍神バスが路線を維持してくれているのです。バスは、熊野本宮大社の駐車場や、湯の峰温泉、川湯温泉などとを結んでいて、観光客には、大変ありがたい路線です。
※バス停留所近くの休憩所。
水呑王子へ
バス停留所を過ぎてから、道は舗装された下り坂に向かいます。山の斜面に拓かれた、畑地の中を縫って歩くと、所々に民家なども見られます。
私たちは、次の目標地点である、水呑王子(みずのみおうじ)を目指します。
※バス停の先の古道。
この先しばらく、舗装された、歩きやすい道筋を進みます。上り道も緩やかで、それほど苦にはなりません。深い森と言うよりも、高原の雰囲気が感じられるところです。
※時折、小さな集落を通って進みます。
やがて、古道は、杉林の中へと入ります。木漏れ日が心地よく、爽やかな初夏の空気を感じながらの歩みです。
依然として、舗装された、歩きやすい道筋は、ゆっくりと下り坂に向かいます。
※杉林の古道。
水呑王子
道はやがて、右に向かう舗装道と、左方向の地道とに分かれます。この分岐の所に標識があり、ここが水呑王子跡。地道の入り口付近には、石の碑と、小さなお地蔵様がありました。
発心門王子を出てから、およそ30分。1.5Kmほどの行程です。
水呑王子は、名前の通り、かつてはここに湧水があり、旅人が喉を潤した場所だったということです。地蔵様は、「腰痛地蔵」と呼ばれていて、腰痛を直してくれるとの言い伝えがあるようです。
※水呑王子の辺り。
水呑王子の後ろには、少し大きな木造の建物がありました。集会所のようにも見えるこの建物。かつては、学校の校舎だったということです。山深いこの辺りにも、その昔、多くの人が暮らしていたのかと、感慨深くもなりました。
※学校跡を通って山道に入ります。
伏拝王子へ
熊野古道は、石畳の坂道を越え、森の中へと入ります。次の目標地点は、伏拝王子(ふしおがみおうじ)。再び、30分ほどの区間を進みます。
森の道は、幅の狭い杣道です。緩やかに上った後は、下り道に変わります。道の脇には、ところどころにお地蔵様の姿も見られます。
※水呑王子と伏拝王子間の山道。
道は、やがて舗装道路に出てきます。そこは、空が開けた、見晴らしのよい場所になっているため、しばしの間足を止め、熊野の美しい峰々を見渡します。
※熊野古道からの眺望。
その後、舗装道路は、弧を描きながら続きます。この辺りにも、民家などが点在し、人々の暮らしの様子が窺えます。
道はおおむね平坦ですが、ところどころに緩やかな上り下りの坂道が混ざります。
※舗装道。民家や小屋などの建物も見られます。
やがて、道は少し急な上り坂を迎えます。道沿いには、休憩所を兼ねたお店などもありますが、この時は閑散期。足をとめる観光客の姿はありません。
伏拝王子まで、あと一息。明るい日差しを浴びながら、古道歩きを続けます。
※伏拝王子に向かう上り坂。