旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

出会い旅のスケッチ1・・・網走オホーツク(前編)

 今回から、「出会い旅のスケッチ」です。誰かを想い、何かと巡り合いながら、その地でなければ得ることができない出会いの旅。

 このシリーズも、これまでの「気まま旅」や「歩き旅」と同様に、見たまま、感じたままの、旅の様子をお伝えします。

 

 

 厳寒のまち

 

 昨年の暮れ*1、7年半振りに網走を訪れました。例年なら、雪がまちを覆い尽くし、長い冬が、既に本番を迎えている頃です。

 ところが、今年は少し様子が違います。私たち夫婦が飛行機を乗り継いで、女満別(めまんべつ)空港に降り立った時、辺りに雪は見当たりません。暖冬の気配は、北海道でも感じることができました。

 とは言え、オホーツク海を臨む北のまち。朝夕の気温は、氷点下。川が凍てつき、湖が凍る厳寒のまちに変わりはありません。

 

 7年半前

 もう随分と、時は経過したものです。2012年の5月、私たち夫婦は、長男の提案で、道東の旅を楽しみました。

 関東に暮らす長男とは、帯広空港で合流です。その後、3人で、幸福駅摩周湖知床半島などを巡り歩きました。  

 

f:id:soranokaori:20200204113607j:plain
f:id:soranokaori:20200204113654j:plain
f:id:soranokaori:20200204113815j:plain

 ※いずれも7年半前の写真です。左は幸福駅、中央は摩周湖、そして右がサロマ湖です。

 

 この時の、旅の主な目的は、初めての道東巡り。そして、網走近郊に在住の、私たちの叔父に出会うことでした。

 私たち夫婦が住む関西からは、遠く離れた網走です。親戚であっても、なかなか会うことはできません。初めての道東の旅。網走監獄博物館やサロマ湖などを訪れて、叔父との再会を果たすことができました。

 

 網走の再訪

 今回、再び網走を訪れることになったのは、他でもありません。7年半前に再会した叔父が、昨年11月に急逝されたのです。出来るならもう一度、生前にお会いできていれば、と、悔やまれるものの、時を遡ることはできません。

 今となっては、せめてもの、遺影との再会の旅。暖冬のオホーツク地方も、次第に寒波が近づく気配です。

 

f:id:soranokaori:20200204152250j:plain
f:id:soranokaori:20200204152348j:plain

※左、網走川下流。右、オホーツク海と帽子岩。

 

 網走

 女満別空港から網走市内へは、路線バスで向かいます。バスは、フライトの到着時刻に合わせた運行らしく、ほとんど待ち時間なしの出発です。

 夕方着の空の便。道東地方は、日没が早く、既に辺りは真っ暗です。

 バスは、40分ほどで網走市内に到着です。私たちはこの日、街中のホテルで宿をとりました。

 

 翌朝、叔父の家を訪ねる前に、軽く市内を散歩です。小雪が舞ってはいるものの、積もるほどの雪ではありません。それでも厳寒のオホーツク、北国の寒さはこたえます。

 散策は、網走川から海岸へ。途中、漁船が浮かぶ河口付近は、人影もまばらです。鉛色の空に覆われて、寂しげではあるものの、どこか懐かしさを感じる風景です。

 海岸に出てみると、沖からは波長の長い大きな波が押し寄せています。荒々しい、冬のオホーツク。帽子岩も、どこか寂しく映ります。

 

 港へと向うと、道の駅「流氷街道網走」が見えてきました。この辺りは、以前にも訪れた場所。懐かしい街並みを眺めながらの散策です。

 

f:id:soranokaori:20200205112423j:plain
f:id:soranokaori:20200205112519j:plain

※左、道の駅付近。右、道の駅から帽子岩をのぞむ。

 遺影との再会

 軽い散策を終えた後、私たちは、本来の目的である、叔父の遺影を訪ねることに。網走の郊外にある家で、家族との久しぶりの再会です。そして同時に、仏前に据えられた、遺影との再会を果たすことができました。

 元より、遠く離れた者同士。顔を合わす機会はめったにありません。それでも、遺影でしか会えなくなった現実を思うと、突然の他界を悼むばかりです。

 今から半世紀ほど前に、北の地に移り住み、地域に根を下ろされたその人生。私たちには想像できない、苦難の時もあったことでしょう。この地で長い年月を積み重ね、多くの人に愛されて、惜しまれながらの旅立ちです。今では、オホーツクの大地から、みんなを優しく見守ってくれていることでしょう。

 

 能取湖(のとろこ)

 遺影との再会を果たした私たちは、冬の能取湖に向かいました。暖冬とは言え、雲行きが益々怪しくなってきて、海から吹き付ける北風は、頬を突き刺すような冷たさです。

 能取湖は、汽水湖で、オホーツク海とつながっています。そのためか、途中にあった網走湖は、湖面が完全に凍結していたにも関わらず、この湖はわずかに氷が張る程度です。

 

f:id:soranokaori:20200206152250j:plain
f:id:soranokaori:20200204160625j:plain

※左、能取湖。右、能取湖流入する川。川はほとんど凍てついています。

 

 サンゴ草

 能取湖は、サンゴ草の群生地として知られています。アッケシ草とも呼ばれている植物で、秋9月頃には、草全体が真っ赤に色づき、サンゴの絨毯のようになるそうです。

 勿論、冬の季節は、その景観を楽しむことはできません。それでも、めったに訪れることができない土地。どんな所か、訪ねてみることにしたのです。

 

f:id:soranokaori:20200204160529j:plain
f:id:soranokaori:20200205155159j:plain

※左、能取湖にある案内板。右、網走市のパンフレットから。

 冬の能取湖に降り立つと、人影はほとんどありません。空気は冷たく、辺りは寒々とした景色です。湖に突き出す桟橋は、サンゴ草の観賞用なのでしょうか。湖中を覗いてみると、ごく浅い湖底には、枯れ果てた無数のサンゴ草が、湖の波間に漂っていました。

 わざわざと、冬の能取湖を訪れる人は、それほどいないに違いありません。それでも、鮮やかに色づく湖の景色を思い描いて、何故か満足感に浸れたものでした。

 いつかまた、叔父が眠るオホーツクの地で、短い夏を惜しむように燃え広がるサンゴ草の姿を愛でてみたいと思います。

 

*1:2019年12月中旬