今回の旅
今回は、九州と四国を周ります。目的は、浄土真宗東本願寺の別院の参拝と別府温泉巡りです。別院訪問の旅については、これまでもこのブログで紹介してきましたが、まだ訪れていなかった九州の3か寺と四国高知の別院は、場所が随分離れているため思い切って計画しないとなかなか実現できません。
今回は、少し無理をして、先ずは鹿児島別院へ。そして、大分の宇佐にある四日市別院を訪れた後、別府駅の近郊から青春18きっぷを利用して、佐世保の別院へ。その後は、再び大分県に舞い戻り、臼杵から四国愛媛の八幡浜に船で渡ります。八幡浜から高知までは、鈍行列車を乗り継いで最後の高知別院の参拝です。
その先は、帰路の途に。高知から自宅まで、1泊2日の揺られ旅の敢行となりました。
と、いう訳で、今回の九州と四国の旅は、まず、「巡り旅のスケッチ[九州]」を綴った後に、「ゆられ旅のスケッチ[九州・四国]」を描きます。巡り旅と揺られ旅。今年(2026)2月の下旬から3月上旬に行なった、およそ2週間の温泉三昧と鈍行列車の乗り継ぎ旅をご覧いただければと思います。
宮崎空港へ
最初に向かったのは、宮崎です。大阪伊丹空港から、ANAの飛行機で宮崎空港へ。そこでレンタカーを手に入れて都城を目指します。
この宮崎、鹿児島空港としなかったのには少し理由がありました。と言うのは、宮崎県の南部に位置する飫肥城(おびじょう)を一目見ておきたかったからなのです。
ただ、後に触れることになりますが、飫肥城を訪れる日の当日は宮崎辺りは大雨で、とても屋外観光をするどころではありません。せっかくの計画も思惑違いとなりました。

※宮崎空港の様子。
都城市
さて、宮崎空港からレンタカーでおよそ40分、私たちは都城の駅前に着きました。この日は、もう夕方の時間帯。駅前にある小さなホテルで一泊です。

※都城駅。
このホテル、”みやこんじょミート券”と名付けられたクーポン券が宿泊者に配られます。1人3千円相当ですので、夫婦2人で6千円。
私たちは到着した夜、ホテル近くの居酒屋で美味しいお肉をいただく事になりました。

※ホテル近くの居酒屋。何軒かのお店がありました。
先ず注文したのは、サラダと焼き鳥と芋焼酎。何とも贅沢な夕食です。

※サラダと芋焼酎。
次は牛肉です。見てください、この宮崎牛。柔らかくて深みのある肉汁が口の中に溢れます。
これに生ビール2杯をつけて、お勘定は5,990円。バッチリ、クーポンで精算させて頂きました。

※宮崎牛のステーキ。
都之城
翌日は、せっかくの都城の訪問です。街の名前に由来する都之城を訪れました。
この城は、歴史は古く、1375年に北郷氏の居城として築城されたということです。紆余曲折の後、江戸期に入ったところで廃城に。今は、城山公園として市民に親しまれ、本丸跡に歴史資料館が構えています。

※大手門。
狭野神社
私たちは、大手門を潜り過ぎ、緩やかな坂道を上ります。しばらく行くと、右手には石段が。その石段上には「神武天皇東征準備の地」と記された大きな案内板がありました。
そう言えば、神武天皇の生誕地として、霧島連山にある高天原(たかまがはら)がその候補地だということを思い出し、ゆかりの地へと足を向けることになりました。

※神武天皇東征準備の地である狭野神社。
石段を上って行くと、右側に鳥居が建って、その奥に神社の建物がありました。この神社、狭野神社(さのじんじゃ)というようで、神武天皇ゆかりの地。東征に先立って、ここに塚を築かれて社を建てられたということです。
神武天皇は、その後日向(宮崎)の港から筑紫の国宇佐へと向かい、浪速の地を目指します。しかし、そこで戦いに。やむなく紀伊半島を南下して熊野の地に入ります。そして、八咫烏(やたがらす)に導かれ、大和の国に到着する、というのが神話に描かれたお話です。

※狭野神社の由来を記す説明板。
私たちは神話の世界を思い出し、神社の前で柏手を打ちました。
資料館
狭野神社の反対側、切り通しのような通路を挟んだ丘の上に一風変わった建物がありました。見事に切妻破風が並べられ、お城のようにも見えなくはない建物です。
これは、歴史資料館。都之城に関する資料が展示されているのだと思います。

※歴史史料館の建物。
歴史資料館がある場所は、都之城の本丸です。そこからは、都城市の盆地が見渡せ、市域が視界いっぱいに広がります。
宮崎県第二の都市は、鹿児島県にほど近く、神聖な山々に囲まれて静かに佇んでいるのです。

※城山公園の本丸跡から眺めた都城市。