旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ[北国街道]34・・・柏原宿へ

 黒姫山妙高山

 

 信濃町に踏み入れた街道は、黒姫山妙高山の絶景が待ち受けます。妙高戸隠連山と呼ばれている山々の内、信州と越後の国の境に位置する2つの山。信州側は黒姫山で、越後側は妙高山という具合です。国境を挟んで対峙する、この2つの山の雅な姿は、いずれも、見る人の心を引き付けます。

 いずれの山も、その裾野には幾つかのスキー場が設けられ、春4月の初旬にあっても、ゲレンデの輪郭が見事に見渡せます。私も、若かりし頃、これらのスキー場を訪れて、青春を楽しんだものでした。今、それから数十年の時を経て、再びゲレンデの輪郭を望み見た時、何とも言えない懐かしさが溢れ出してきたのです。

 雪深い北信州の風景を愛でながら、歩き旅を続けます。

 

 

信濃町に入った街道からは、黒姫山妙高山が望めます。

 穂波
 街道は、農地の中を真っ直ぐに、穂波の集落へと向かいます。左には黒姫山妙高山。途中には、立派な石碑も置かれていて、街道筋の風景が見事に演出されたようなところです。

 

※穂波の集落へと向かう街道。

 穂波の集落は、ひっそりとしています。そこそこ大きな集落で、真っ直ぐ延びる街道沿いに、農家を中心に幾つもの民家が並んでいます。

 屋根は、トタン葺きが多いでしょう。雪深い国ならではの構造です。

 

※穂波の集落を通過する街道。

 国道へ

 集落を通り過ぎると、街道は、一旦、国道18号に合流します。辺りには、小高い山が点在し、そのすき間を縫うようにこの国道は通っています。

 

※国道18号線と合流する街道。

 

 旧道へ

 国道伝いにしばらく進むと、左手に旧道が現れます。地図でしっかり、その位置を確認し、旧道へと向かいます。

 

※国道から旧道に向かいます。

 旧道の入口は、そこそこ整備された道路です。ひとつの丘を越えるように、坂道を上ります。

 途中には、「北国街道(小古間)」と表示された案内板がありました。”小古間”は、”こふるま”と読むそうで、この辺りの集落です。

 

※そこそこ整備された旧道を進みます。

 

 ひとつの丘を通り過ぎると、何軒かの民家が現れました。丘を下ったところから正面に見えたのは、雅な姿の妙高山。スキー場の輪郭もくっきりと望めます。

 

※丘を越え集落に達したところ。

 

 黒姫山妙高山

 民家のところに下り立って、しばらく進むと、農地が広がる場所に入ります。高原の広大な農地という感じのところで、整備された水田が辺り一面に広がります。

 道路際には、「小古間」の表示板。先ほどの民家の辺りを小古間と呼ぶのでしょう。街道は、右方向に進路を変えて、今度は古間(ふるま)の集落へと向かいます。

 

※農地の中を通る街道。

 

 街道から左手には、農地の向こうに、黒姫山妙高山が望めます。この2つの秀峰は、澄んだ空気が覆う中で、見事な姿を誇っています。

 

※左が黒姫山、右が妙高山

 

 もう一度、妙高山の華麗な姿をご覧いただければと思います。頂上がM状の妙高山は、この角度からは、Mの様子はハッキリとは分かりません。それでも、何度見ても惚れ惚れとするその容姿。いつまでも眺めていたい風景です。

 

※華麗な容姿を誇る妙高山

 

 古間

 街道は、古間の集落に入ります。静かな町中を、緩やかな上り道は蛇行を繰り返しながら続きます。

 全体的に丘のような地形でありながら、まだ、その先の高台へと向かって行くような道筋です。

 

※古間の集落を通過します。

 

 丘を目指す街道は、次第に急坂となりながら、集落内の道筋を辿ります。途中には、民家が途切れる場所もありますが、概ね、ひとつの集落が続いています。

 

※急坂へと変わる道筋。

 

 一里塚

 急な坂道を上り進むと、右側の民家の敷地の一角に、「古間一里塚跡」と記された案内板がありました。傍には、石碑も置かれています。ただ、そこには塚などは無く、何本かの木々が植えられているばかりです。 

 

※古間一里塚跡。

 

 やがて、街道は、丘陵地の上端に達します。そして、その頂上付近で、国道18号線の道筋が街道を横切ります。

 私たちは、国道を横切って、道なりの方向へ。

 

※国道18号線が街道を遮ります。

 

 古間の町

 街道は、今度は、丘陵地を下る道へと変わります。民家の密度は増していき、集落というよりも、町の姿に近いような状態となりました。

 丘の道を下り切ったところでは、少し広めの道路に合流します。道の正面奥には、妙高山が見渡せて、高原の町並みに映える姿が優雅です。

 この古間の町、かつては、宿場町だった様子です。隣接する柏原の宿場とは、共同で宿場町の運営が行われていたということです。

 

※古間の町並み。

 

 かつての古間の宿場町、お店なども点在し、そこそこの規模を誇っています。今は、道は、旧道というよりも、道幅広く整備され、整然とした町並みが続いています。

 

※古間の町並み。

 

 柏原宿へ

 真っ直ぐ続く古間の町。やがて、主要な道は左側に折れるのですが、旧道は道幅を狭めながら、さらに真っ直ぐ先線へ。そして、その先で、しなの鉄道北しなの線の踏切を渡ります。

 

※街道は、古間の宿場の先で北しなの線の踏切を渡ります。

 踏切を渡った先で、旧道は、左方向に折れ間がり、もうしばらく、古間の町が続きます。そして、道は右方向に進路かえて、小さな川を渡ります。

 おそらく、その川が、古間と柏原(かしわばら)との境界なのでしょう。街道は、いよいよ、柏原の宿場町に到着です。