旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ[東海道]87・・・箱根峠と箱根宿

 峠から箱根の宿場へ

 

 峠を越えると、道は一気に下り坂。芦ノ湖の水面が広がる、箱根の盆地に近づきます。以前にも触れた通り、箱根は火山状の地形です。外輪山とカルデラが、見事な自然景観を醸し出し、多くの観光客を迎えます。

 それでも、かつては、厳しい取り締まりで有名な、関所が置かれていた所です。旅人達にとってみれば、不安の中での箱根路だったことでしょう。

 三島から峠までの道のりは、緩急の勾配を繰り返しての上り坂。そして、峠から内側に続く道は、崖地を転げるような急坂です。江戸に向かうも、都に向かうも、箱根八里はたやすい道ではありません。

 

 

 箱根峠へ

 旧道の甲石坂が閉鎖され、やむなく国道の歩道に沿って、箱根峠を目指します。国道は、勾配こそ、それほど急ではないものの、大きく迂回を繰り返し、なかなか峠が見えません。単調な坂道を、あと少し、我慢の上り坂に挑みます。

 

 やがて、勾配が緩んでくると、辺りは広々とした空間が開けます。そこには、峠茶屋の休憩所。その先に、「箱根エコパーキング」と名付けられた、かなり大きな駐車場がありました。

 

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※峠茶屋を過ぎた辺りからエコパーキングを望みます。

 旧道は、峠茶屋とエコパーキングの間の道につながります。従って、エコパーキングから先の道は、本来の東海道に戻るのです。

 私たちは、街道のルートである、パーキングの左隅の歩道に向かいます。歩道は、石畳風の舗装です。これにより、そこが元々の街道筋だと、改めて確認することができました。

 

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※エコパーキングの隅にある歩道。

 

 箱根峠

 石畳の歩道をしばらく進むと、左手に、「新箱根八里記念碑」と記された案内板と、石のモニュメントが目に止まります。このモニュメント、”峠の地蔵”と呼ぶそうですが、よく見るお地蔵様の姿ではなく、石を重ねた造形物。

 新たな峠の名所として、2003年に、この地に置かれたということです。

 

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※新箱根八里記念碑。

 

 相模の国へ

 この、記念碑がある辺り一帯が、箱根峠となるようです。東海道を代表する、有名な峠でありながら、そこには、往時の面影が残るものはありません。人工の広い道路や駐車場があるのみで、少し興ざめな場所でした。

 因みに、東海道には、鈴鹿峠や小夜の中山峠がありますし、宇津ノ谷峠や薩埵峠も歴史を背負った峠です。これらの峠は、今も旧道が続いていて、趣ある雰囲気を残しています。

 街道は、いよいよ、伊豆の国とお別れし、相模の国、神奈川県に入ります。

 

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※箱根峠の交差点。街道は、右に見える緩やかな坂道の方向です。

 

 複雑な道

 箱根峠の交差点は、少し複雑な状況です。国道1号線の道筋は真っすぐに延びていきますが、斜め左は、芦ノ湖スカイラインが接続します。さらに、交差点を右折すると、県道の熱海箱根峠線。眺望が素晴らしい、十国峠へと向かうのです。

 そして、もうひとつ、交差点の斜め右には、緩やかな上り道。この道は、ゴルフ場につながります。

 さて、東海道はどの道か。表示もなく、地図で入念に確認します。迷いながらも、結局、私たちが頼っている、「人力」というサイトに従って、ゴルフ場の方向へ。

 少しの間、坂を上ると、その先でもう一つの分かれ道が現れます。右方向に回りこむ方向は、ゴルフ場へと向かう道。左手に下る道が箱根に通じているようです。

 緩やかに下る坂道を歩いて行くと、国道1号線に合流します。そして、その先で、国道は、左に大きくカーブして、芦ノ湖や、箱根の温泉地へと向かうのです。

 

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※カーブする国道1号線。街道は、グリーンベルト沿いの道になります。

 

 国道がカーブを描くところには、右方向に自動車道路が接続します。この道は、箱根新道と呼ばれる有料道路。箱根の名所を脇に置き、一気に小田原へと向かいます。

 

 挟石坂(はさみいしさか)

 街道は、国道のカーブに沿って、少しだけ、危険な車道の区間に入ります。道路の隅には、グリーンベルトが設けられてはいるものの、安心できる道ではありません。駆け足でその区間を擦り抜けます。

 カーブの先は、要注意。国道をそのまま歩いてしまいそうになりますが、標識を頼りにして、崖地の坂へと向かわなければなりません。僅かに、ガードレールが途切れた位置に、道とは思えないような、細い急な崖路があり、そこを下っていくのです。

 

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※挟石坂の入口。

 おそらくは、かつては、もう少し整備された坂道だったと思います。今は、通る人も少なくて、笹や草木が覆うような道筋です。

 挟石坂の入り口付近の説明板に、「峠は当時の浮世絵をみますと伊豆の国を分ける標柱とゴロゴロした石、それに一面のカヤしか描かれていません。まことに荒涼たる峠でした。」と書かれているところから推測すると、多かれ少なかれ、この坂道は、今と近い状態だったのかも知れません。

 

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※挟坂石と説明板。

 

 急勾配の坂道を下って行くと、石畳の道に入ります。勾配も幾分緩まり、歩きやすい傾斜です。

 その後、国道下を潜り抜けて、さらに、草が覆う坂道を、直線的に下ります。

 

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※国道下をすり抜ける街道。

 

 芦川石仏

 坂道をさらに下ると、ようやく、舗装道路に下り立ちます。その先には、民家や神社なども目に止まり、箱根の町に入ったことが分かります。

 坂道を下り切った左には、幾つかの石仏がありました。この石仏は、芦川の石仏群と呼ばれています。近くに置かれた説明板では、もとは、芦川の集落内の駒形神社の境内にあったもの。いつの日か、この場に移されたのだということです。

 石碑には、江戸時代初期の庚申塔や、江戸後期の巡礼供養塔などがあるようで、石仏造立にかかわった、地元の方々の名前も刻まれ、地域の信仰の様子を知るための貴重な史跡だと書かれています。

 

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※箱根への下り口。写真は、坂の上を見ています。石仏群も右に見えています。

 

 箱根の宿場へ

 舗装道路を先に向かうと、住宅地に入ります。そして、その先を左折すると、国道1号線に合流です。

 箱根の宿場町は、住宅地辺りからということですが、今は、往時の面影はありません。国道も、道は真っ直ぐに延びていて、新しい住宅やお店などが、道沿いに連なっている状況です。

 

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※左、坂道を終え、住宅地に向かう道。右、国道1号線。箱根の宿場に入ります。

 ようやくたどり着いた箱根の町。三島から、長い坂道を歩き進めて、この日の目的地に到着です。

 私たちは、バスに乗り、宿泊先に移動して、翌日の街道歩き回りに備えます。