旅素描~たびのスケッチ

気まま旅を続けています。見たこと、感じたことを素直にお伝えすることを心掛けています。ぜひ参考にして下さい。

巡り旅のスケッチ(四国巡拝)13・・・讃岐路(70番→68番)

 三豊市から観音寺市

 

 三豊市は、平成の合併で新たに市制がしかれたところです。北西は、瀬戸内海に面しながらも、険しい山が海岸に迫り平地はそれほどありません。また、南東は、讃岐山脈の西の端。深い山が連なります。

 この双方の山の合間に、盆地のようにのどかに広がる空間と、香川県の西の端、観音寺市に続く平野部に町や集落が散らばります。

 観音寺市は、香川県の最西端。文字通り、観音寺の門前町として発展した様子です。財田川の左岸には、門前の賑わいを彷彿とさせる町並みもあり、観音寺はこの街の誇りなのだと感じます。

 

 

 70番本山寺

 霊験あらたかな弥谷寺を後にして、国道11号線を観音寺方面に進みます。20分ほど運転すると、次第に前方の景色が開けてきて、財田川の辺りで右折です。

 本山寺(もとやまじ)はその先すぐで、川の右岸に貼り付くように駐車場がありました。

 

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※駐車場から仁王門と境内を望みます。

 

 本山寺

 本山寺の境内は、駐車場から細い舗装道路を挟んだ向かい側。道路に面して常夜灯と仁王門がありました。

 仁王門をくぐって進むと、参道が真っ直ぐに延びていて、突き当りが本堂です。この本堂は、元々、弘法大師が一夜にして築いたと寺伝では伝えられているようですが、現存の建物は、鎌倉期のもの。それでも、国宝に指定されているということです。

 大師堂は、参道途中の右手奥。また、本堂の左側には、真新しい五重の塔がそびえます。

 

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※左、仁王門をくぐった辺りから見る本堂。右、本堂と五重の塔。

 

 この五重の塔。私たちが数年前に訪れた時はまさに大修理のまっただ中。今回、新しくなった塔の姿を見上げると、凛とした姿に感動です。

 本山寺の納経所は、本堂の裏手です。そこには、客殿などの建物が連なっていて、霊場の奥ゆかしさを感じます。

 

 69番観音寺・68番神恵院へ

 本山寺を出た後は、すぐに観音寺市に入ります。ほどなく、市の中心街が見えてきて、右方向に流れる財田川を渡って進むと、観音寺の駐車場に行き着きます。観音寺(かんのんじ)は、神恵院(じんねいん)と共通の境内で、一か所で2つの札所を制覇できる唯一の霊場です。

 観音寺と神恵院は、有名な琴弾公園の小高い山の裏手にあって、”寛永通宝”の砂絵で知られる有明浜の真裏の位置にあたります。

 

 観音寺と神恵院

 駐車場から境内に向かうと、すぐのところに仁王門。そして、その先に石の階段が続きます。

 

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※仁王門。

 

 仁王門の柱には、向かって右手に「四国六十ハ番・六十九番霊場」と、そして、左手には「観音寺 神恵院」と記されていて、確かに2つの霊場が共存している証がありました。(順番で行くと、69番目が観音寺で68番目が神恵院です。仁王門の表記は、なぜか札所番号と霊場名の記載順番が交錯しています。)

 石段は、真っ直ぐに延びていて、その先が境内です。丁度山の中腹で、一段開けたところです。

 

 観音寺

 境内の開けた場所に辿り着くと、横長の幅広い空間が開けます。観音寺は右手側、そして、神恵院は左です。

 先ずは、69番札所である右手の観音寺へと向かいます。観音寺の本堂は、石段を上がれば、右手奥の正面です。年代を重ねた朱塗りを残すお堂の形は珍しく、印象に残ります。元々は、神恵院霊場であったところに、聖観世音菩薩を祀るこの観音寺が加えられたとのことですが、詳しくは分かりません。

 

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※観音寺の本堂。


 この本堂の手前の左右には、幾つかのお堂などもありました。ただ、どういう訳か、大師堂左側。神恵院の本堂に上がる階段のすぐ側です。

 観音寺の大師堂も朱塗りが目立つ建物で、寺院とは少し趣が異なります。

 

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※観音寺の大師堂。

 

 神恵院

 観音寺の大師堂のすぐ左手に、さらに上へと延びる階段がありました。その階段の向こうには、鉄筋コンクリートの大きな壁が景観を遮ります。

 僅かに空いた空間に入っていくと、さらに少しだけ階段が続いていて、その先が神恵院の本堂です。鉄筋コンクリート造りの本堂は、新しく建立された建物です。山を背景にして近代的な寺院が迫ります。

 

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※左、神恵院へのアクセス。右、本堂。

 

 神恵院は、琴弾の八幡宮とも呼ばれているとのことですが、どうして八幡さんと寺院とが同居しているのか不思議です。明治のころの神仏分離などが影響しているとは思うものの、かつては、神と仏は、それほど相反する存在ではなかったのかも知れません。

 

 神恵院の大師堂は、観音寺の大師堂とは反対側。神恵院の本堂下の左手です。この大師堂こそ、標準的なお堂の姿。本堂2か所と大師堂2か所を参拝し、納経所へと向かいます。

 2つの札所が共存するこの霊場は、納経所も1か所で済ませます。

 

 琴弾公園

 2つの霊場を後にして、せっかくの機会ということで、銭形の砂絵が見える展望台に寄り道です。一方通行の狭い坂道を上って行くと、ほどなく見晴らしの良い一角に行き着きます。そこからは、美しい有明浜の景観が広がって、”寛永通宝”の砂の造形を確認することができました。
 瀬戸内の穏やかな海と砂浜が広がる光景は、何とも落ち着く景色です。

 

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※琴弾山の展望所からの風景。丸くくりぬかれたところが銭形の砂絵になっています。

 次の札所は67番大興寺。再び三豊市領域に戻ります。讃岐路の霊場の残りは2つ。弘法大師出生地の札所巡りは大詰めを迎えます。