旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

巡り旅のスケッチ(四国巡拝)3・・・讃岐路(86番→84番)

 瀬戸内を望む

 

 瀬戸内の志度湾と湾を挟んだ西側には、急峻な岩が突き出す八栗山の五剣山。さらに、西には半島状に連なる屋島の台地が見渡せます。

 ここから3か寺は、瀬戸内に面した霊場です。潮風を受けながら、夏の遍路の旅を続けます。

 

 

 86番志度寺

 長尾寺から、一気に瀬戸内海の沿岸に。さぬき市の志度の町は、海が少し入り込んだ湾沿いに家並みが続く静かなところ。小豆島を向かいに望み、この辺りは潮の様子も穏やかです。

 

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志度湾から八栗山(中央)を望み、さらに左奥には屋島の遠景が確認できます。

 

 志度湾沿いの道端に志度寺(しどじ)の駐車場の案内がありました。駐車場に隣接する境内は、木々に覆われ中の様子は窺えません。この道沿いの裏口から境内に入ることもできますが、私たちは、小道を少し南に入り、仁王門の方向へ。

 

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※左、志度寺の仁王門へのアクセス。中、仁王門と五重の塔。右、仁王門をくぐると、森の中のような境内です。

 小道の左手には志度寺の大きな石門が立ち、左右に延びる白壁のその奥に、仁王門が見えました。そして、門の左奥には、深い朱色の五重の塔。歴史を感じる重厚感が漂います。

 白壁に挟まれた進入路を真っ直ぐ進み、仁王門をくぐって境内に入ると、そこはまるで森の中。境内は無数の木々に覆われて、鬱蒼としています。蝉時雨が響き渡り、先の長尾寺とは対照的な光景です。

 小道を奥へと進んでいくと、ところどころに祠などもありました。そして左手に続く径の先に大師堂、その隣には本堂です。それぞれのお堂で参拝し、改めて辺りを見回すと、木々植物の密集度に驚きます。境内には、所々に散水や手入れが進む跡などが残されていて、管理の大変さがうかがえます。

 参拝の後は、仁王門方面に戻って納経です。納経所がある書院建物の奥には、枯山水や曲水式の庭園があるそうで、次に訪れた時は、ぜひとも訪れたいと思います。

 

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※右手が大師堂。左が本堂です。

 

 平賀源内の墓

 仁王門を出ると、左手に常楽寺というお寺がありました。寺の案内板の記述には、江戸時代の発明家、平賀源内の墓があるということです。せっかくの巡り合わせ。常楽寺におじゃまして、源内さんの墓参りをさせていただきました。

 平賀源内は、この寺の檀家であったとのこと。さぬき市のこの近くには源内の旧邸など、ゆかりの場所があるようです。

 

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常楽寺の正面入り口と平賀源内のお墓。

 

 85番八栗寺 

  志度寺を出て湾伝いの道を少し走って左折すると、突き当りにJR志度駅が見えました。駅前を横切る主要道路は国道11号。ここから国道を西に進みます。

 その先は牟礼の交差点で国道を離れ、八栗山の麓、八栗ケーブルの駅を目指します。

 八栗寺(やくりじ)は八栗山の中腹にあって、麓の駐車場から徒歩で登ると1時間はかかるでしょう。体力も必要で、多くの参拝者はケーブルカー*1を利用します。

 ケーブルカーで山上駅に到着すると、境内への小道が続きます。以前は、この道の両脇に土産物店などが幾つか並んでいましたが、今はもう、お店は閉じられている様子です。店仕舞いされ、商品棚を古いシートで覆った姿を見ると、時の流れを感じます。

 

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※左、ケーブルカー。右、八栗寺境内図。


 八栗寺

 小道をしばらく進むと、八栗寺の境内案内が置かれていて、そこから先が岩山の下に続く境内です。岩陰にある小さな祠や朱塗りの多宝塔を右に見て、大師堂が続きます。その奥が本堂を擁する境内で、それこそ八栗山の五剣山の真下に位置します。

 

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※左から、多宝塔、大師堂、本堂。

 

 境内は、本堂のところでかぎ型になっていて、左に向かうと正面の仁王門。本来は、歩いて山を登り切り、この仁王門から本堂に向かいます。

 

 仁王門をくぐってその先の様子を窺うと、”お迎え大師”と名付けられた弘法大師の座像と展望台がありました。この展望台からは、高松の街の郊外や屋島を見渡すことができ、その景観は見事です。

 もともと、かつて空海がこの五剣山を訪れたとき、岩間の清水で喉を潤したという言い伝えがあって、以来、水大師として親しまれていた由来があるようです。”お迎え大師”は、そんな伝説を引き継いで名付けられたということです。

 

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 ※左、仁王門。奥には八栗山が見える。右、お迎え大師と屋島の遠景。

 

 84番屋島寺

 八栗寺の次の札所は屋島寺です。平安時代末期、都を追われた平氏が拠点を置いたこの屋島において源義経が戦功をあげた戦いは、その詳細は知らずとも、屋島の戦いとして記憶の片隅に残っています。一の谷、屋島、壇之浦の戦いを経て、世の中は平安時代から鎌倉の武士の世に移ります。大きく時代を変えた舞台を見据えるように、84番屋島寺は佇んでいます。

 

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屋島の古戦場を望みます。左奥の山が八栗山。

 

 八栗寺のある牟礼の半島と対面する屋島の半島。その姿は扁平な台地状になっていて、特徴ある姿です。半島に入ると、右手に海を見ながらしばらく上りの坂道が続きます。途中には、屋島の古戦場跡もありました。

 道路が大きく左にカーブしたその先に、広い有料の駐車場が現れます。ここは、屋島寺だけでなく、水族館や展望台などもある観光地。様々な目的で観光客が訪れるようなところです。

 屋島寺は、駐車場の少し奥、朱塗りの立派な門が参拝者を誘います。

 

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※左、朱塗りの門。東門でしょうか。右は境内の様子。

 

 屋島寺

 屋島寺は、唐の高僧鑑真が、奈良に向かう途中に屋島に立ち寄ったのが始まりとされているようです。後に、日本の偉人空海が唐に渡り、真言密教の祖、恵果(えか、または、けいか)から後継指名を受けるとともに、この寺が空海信仰の霊場の一つとなることなど、時の鑑真には思いもよらなかったことでしょう。

 

 屋島寺の境内は、空が開けた開放的なところです。朱の門をくぐって右に向かうと、右側には幾つかのお堂が並び、その端に大師堂。本堂は左手奥の歴史を感じる朱塗りの建物です。熊野神社なども境内にあって、神仏混合の様子が窺えます。

 

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※左、本堂。右、右奥が大師堂。

 

 屋島寺からは国道11号に再び戻り、次は高松の市街地に入ります。

 次回の巡り旅は、霊場巡りから少し離れて、弘法大師空海)について少し触れてみようと思います。

 

*1:ケーブルカーは、15分間隔で運行されています。往復千円。片道5分程度の乗車です。