旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

巡り旅のスケッチ(四国巡拝)1・・・四国遍路について

 旅に出難い時節になって、私のブログも数か月途絶えることになりました。ようやく、僅かに外出が許される狭間を狙って、歩みの途中になっている東海道の陸行を少し東に進め、静岡市の中心部にある府中宿の西隣り、丸子(まりこ)の宿場に至ることができました。この状況で、いつになったら江戸に到達できるのか、定かではないものの、踏破のあかつきには、歩き旅のスケッチ(東海道)シリーズを始めたいと思います。

 

 その前に、同じく遠出が可能な時期を利用して、四国へと足を伸ばしてみることに。車で、四国八十八か所霊場巡りです。通常は、1番札所から順番に88番札所を目指す人が多いようですが、閏年には88番札所から逆方向で巡るとご利益が多いとか‥。迷信を信じない身でありながら、あるいは何か感じることがあるかも知れないと、世の習いに従って一念発起。四国讃岐の地に向かいました。

 

 四国遍路について

 

 四国八十八か所の巡拝は、弘法大師ゆかりの霊場を巡るもので、四国遍路として親しまれています。徳島県鳴門市にある1番札所霊山寺(りょうぜんじ)から、阿波、土佐、伊予の各国を時計回りに進み、讃岐の国、香川県さぬき市の山中にある88番大窪寺(おおくぼじ)に至る古刹の巡礼です。

 1,400Kmにも及ぶ四国遍路。信じられないことですが、すべての道のりを徒歩によって進める人も少なくありません。車で僅か10分ほどの距離であっても、1時間以上かかる道のりです。札所から札所まで、70Kmを超す区間もあって、気の遠くなるなるような道筋です。それだけではありません。霊場となる寺院の多くは、深い山中に密かに佇んでいるために、険しい山道を登ることも強いられます。

 白装束に菅笠をかぶり、金剛杖をつきながら先を目指す歩き遍路の方の姿を車窓から認めると、頭が下がる思いです。

 

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 この四国遍路は、弘法大師自身が手掛けられたともされているようですが、実際は、大師の死後*1、その弟子たちが大師を偲んで四国各地を訪れたことが起源のようです。

 平安時代の初期に活躍した弘法大師。別名は空海(くうかい)です。真言密教を極め高野山を開いたこの高僧は、後々、多くの人々の信仰の対象となっていくのです。そして、弘法大師を偲びながら、あるいは無心で、あるいは何かを求めて、四国の寺院を巡拝するする風習が受け継がれ、今日の四国巡礼に至ったということです。

 

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 四国遍路の今

 今日、四国巡拝を行う人の多くは、車での遍路が中心です。8日~9日で88か所の霊場を訪れることができるため、自家用車での巡拝は最も効率的な方法です。また、マイクロバスや大型バスのツアーなども準備されていて、集団で参拝されるグループも少なくありません。この場合、バスが札所近くまで近づけないような、狭いアクセス道路が何か所もあるために、小さな車への乗り換えなども必要で、2週間程度はかかるでしょう。

 その他、自転車やバイクで巡拝されている方や、先ほども少し触れたように、徒歩で巡拝される方も見かけます。徒歩による歩き遍路は、少なくとも40~50日はかかります。歩き遍路に挑んでおられる方の多くは若い人たちで、単独行がほとんどです。ただ、中には年配の方の姿を認めることも。黙々と歩みを進める歩き遍路は、あまりにも過酷な行程です。

 

 参拝と納経

 四国八十八か所の巡拝は、それなりの作法があるようようです。身に着ける衣装などもその一つ。白装束に袈裟をかけ、菅笠をかぶります。白布でできたずた袋を肩から下げて、金剛杖をついて霊場を巡るのが基本です。

 持ち物も、蝋燭と線香、それに、納め札と呼ばれる短冊状の紙でできたお札などがあるようです。

 霊場では、本堂と薬師堂の最低2か所に参拝します。それぞれにお灯明、お線香、お札納めをして”般若心経”の読経をするのが一般的。

 ただ、こうした厳格な参拝は、あくまでも作法に忠実な場合のこと。信心にさほど執着しない私などは、お堂に向かって無心に手を合わせることだけで、十分だと納得しています。

 バスツアーに参加される方たちは、恐らくほぼ忠実にこうした作法に沿った巡拝を実行されている様子です。ツアーには、ガイド役、あるいは、リーダー役の方がおいでになって、その人の指導の下に厳格に行動されている光景をよく見かけます。

 

 四国巡礼に欠かせないのが納経帳です。お参りの印に寺院名などの筆を頂き、御朱印を押印してもらいます。一種のスタンプ帳のようなものですが、そのような例えを口にするだけでお叱りを受けそうな、厳粛で重みのある有難い帳面です。

 八十八の古刹を巡り、最後に高野山奥の院奥の院については、折につけ、どこかで触れると思います。真言密教にとって最も重要な場所です。)で満願を叶うという、四国巡礼の足跡の証明でもあるのです。

 巡拝者によっては、納経軸や白衣などにお印を受けられる方もおられます。*2

 

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※左、納経帳表紙。右、納経帳のお印。

 納経帳への記帳が終わると、”おすがた(御影)”と呼ばれる短冊状の紙を頂きます。この紙には、それぞれの霊場に祀られているご本尊が印刷されていて、信心深い方々は、大切に保管したり、額に飾ったりされているようです。

 また今年は、弘法大師の姿が印刷されたお札も頂けます。2020年は、空海弘法大師の名を授かって1100年の記念の年。こちらには、寺院ごとに伝わる”御詠歌”と呼ばれる和歌が印刷されています。

 

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※左、弘法大師のお姿。右、ご本尊の御影。

 

 二度目の四国遍路

 私たち夫婦は、10年ほど前に、徒歩や電車、バスなどを組み合わせた遍路の旅に初めて挑戦。何回かに分けて徳島の阿波の霊場巡りを終えました。その後しばらく間を空けて、数年前に車で高知から香川までの残りの行程を完結したのです。

 今回は二度目の巡拝。できるだけ人混みを避けるため、すべて自家用車の行程です。先に記したように、今年は4年に1度の閏年。88番札所から、逆回りの周回です。お遍路さんたちの間では、”逆打ち”と呼ばれている回り方。香川から時計とは反対回りで阿波の国、徳島へと向かいます。

 

 

 「巡り旅のスケッチ(四国巡拝)」のシリーズでは、四国八十八か所の各霊場を紹介するだけでなく、ルートの情景や観光の見どころなどもお伝えしたいと思います。そして、弘法大師空海)に思いを馳せ、その生涯を偲びながら、遍路の魅力を探ります。

 

*1:弘法大師は、”入定(にゅうじょう)された”と言われているように、亡くなられたのではなく、即身成仏されたと信じられています。このことについては、どこかで少し触れてみようと思います。

*2:納経帳などのお印は、境内にある納経所というところで頂きます。