旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ36・・・中山道、深谷宿から鴻巣宿へ

 利根川から荒川へ

 

 埼玉の中山道は、利根川の河川敷近くを通過して、その後、荒川に出会います。熊谷宿から鴻巣宿(こうのすじゅく)までの間が、この荒川に最接近する区間です。後に、蕨宿(わらびじゅく)を出た後に、埼玉県戸田市から東京都北区に向けて、雄大な荒川を渡ることになりますが、中流域の熊谷辺りも、川幅は相当なもの。

 関東平野を造り広げた、主要河川のひとつ荒川は、街道を江戸へと導いていきます。

 

 9番深谷宿(ふかやじゅく)

 西の常夜灯を過ぎて、吞龍院(どんりゅういん)の朱塗の鐘楼があるクランクを曲がると、造り酒屋の煙突が近づきます。蔵元の店構えも風情があって、めずらしく、宿場の香りが漂う一角です。

 街道を先に進むと、今度は左手にレンガ造りの煙突が。また、道沿いには、所々に、レンガ造りの建物も見られます。

 

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深谷宿の様子。

 

 深谷市は、レンガの町として有名です。格調高い建築で有名な東京駅は、深谷市で造られたレンガが使用されているとのこと。深谷駅は、逆に、その東京駅を模して造られたということです。

 深谷駅を訪れると、階上の駅舎には、レンガが貼りめぐらされ、それこそ東京駅のミニチュアのよう。なかなか趣がある駅舎です。*1

 

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深谷駅。駅前広場から階上のデッキに上ったところ。

 

 深谷駅には、前回の「歩き旅のスケッチ35」で記したように、渋沢栄一氏の銅像が建てられています。その像は、深谷の駅を側面から見守っているようで、氏の出身地を優しく抱擁されているような印象です。

 中山道からは、少し離れたところではありますが、深谷駅に立ち寄れたことは、良い思い出になりました。

 私たちの今回の行程は、ここまでです。本庄宿から11.5Kmの道のりでした。

 

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深谷駅前にある、渋沢栄一翁の銅像

 深谷宿を後に *2

 深谷の宿場の後半は、どちらかと言うと、雑然とした街並みです。宿場町の面影はなく、街道沿いには、商店や住宅が連なっています。途中、1軒のお店のガラス窓に、往時の宿場の町割図が貼りだされていました。

 宿場町を伝え、残そうとされている、お店の方の思いに触れて、何故か心がホッとするような気持になりました。

 

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※左、深谷宿の後半の街の様子。右、店のガラス窓に貼りだされた、往時の町割図。

 

 熊谷宿へ

 深谷宿の東の常夜灯を過ぎると、街道は、国道17号を横切る歩道橋へ。街道は、歩道橋を越えて、その先、深谷市の住宅地の中を進みます。

 

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※東の常夜灯。

 

 ここから先、街道は、住宅や小さな畑地が点在する地域を通過して、熊谷方面に延びていきます。

 

 ※お断り

 残念ながら、ここから先、再び機器操作の問題で、ほとんど写真がありません。従って、風景など、うまくお伝えすることができないことをお許し下さい。

 「歩き旅のスケッチ」は、一気にスピードをあげて、日本橋を目指します。

 

 旧道は、落ち着いた雰囲気の住宅などを眺めながら、熊谷の方向に延びていきます。途中、国道17号をまたいで旧道を進み、あるいは、国道に吸収された道を歩きます。

 次第に住宅の密度が増して、国道の沿道サービスの事業所なども目立ってくると、いよいよ熊谷の市街地です。国道の右手には、JR高崎線が走っています。

 

 8番熊谷宿

 街道は、一旦国道から斜め左に入り込み、少し細くなった道沿いの、旧市街地風の街並みを進みます。この辺りから、熊谷宿になるようです。

 旧道の先には、八木橋百貨店です。百貨店の前には、「熊谷宿」の道標もありました。

 この先の熊谷宿は、街中の国道に吸収されて、その面影はありません。あとは、道標のみが、宿場の名残を伝えています。

 

 鴻巣宿

 熊谷宿を過ぎると、街道は、国道を右折して、JR高崎線の踏切に向かいます。熊谷駅を遠巻きに見るような道筋です。

 踏切を越え、歩き進むと、新しい住宅地から次第に集落風の景色へと変わります。そして、街道は、荒川の河川敷の方向へ。

 途中には、荒川の堤防も歩きます。緑深い荒川堤防。中流域でも広大な河川です。堤防近くには、マンションなども点在し、JR高崎線行田駅がすぐ近くにありました。

 

 この日の私たちの行程は、行田駅で終了です。深谷宿から熊谷宿までの11Kmと、熊谷宿から行田駅までの5km。合わせて、16Kmの道のりでした。

 

 鴻巣宿

 翌日は、朝、行田駅に降り立って、鴻巣宿を目指します。朝の荒川堤防には、ランニングをする人などもいて、気持ちの良い初夏の空気を感じたものでした。

 街道は、堤防を左に下って、吹上駅の方向へ。昔からの集落の中を縫うように進んでいきます。一旦、南から北へと踏切を渡り、吹上駅に近づくと、その周辺は新しい街並みです。

 

 その後、南方向に踏切を越えて、少しの間、鉄道を左手に見て進みます。畑地や住宅を見ながら、片側1車線の道路を進んでいくと、時折、水田などの農地も広がります。

 住宅が次第に密集してくると、街道はもう一度、高崎線の踏切を、南から北に越えていきます。そして、右方向が鴻巣の街。鴻巣宿に到着です。

 

 7番鴻巣宿(こうのすじゅく)

  鴻巣宿鴻巣市の中心地。鴻巣駅近くに広がっています。鴻巣市は、宿場町だったようで、宿場はこの街の原点です。街道沿いには、神社をはじめ、歴史を感じる建物なども所々に見かけます。

 ただ、全体的に街並みは整備され、時の流れには抗えない雰囲気です。

 鴻巣宿のシンボル的存在は、鴻神社(こうじんじゃ)。コウノトリの言い伝えを伝承する神社の様で、市の名称も、この伝承が元になっているのでしょうか。

 

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※鴻神社。 鴻の宮とも言うようです。

 

 鴻巣宿の中央付近からすぐ南の方向には、JR高崎線鴻巣駅があります。この辺りは、街も整備されていて、商業施設なども整っていました。

 中山道はこの後、埼玉の中心部に向かっていきます。
 

*1:深谷駅は、深谷宿の中央付近から、数百メートル南に向かったところです。深谷ねぎを模したマスコットと渋沢栄一氏の人形が現れるからくり時計も愛嬌があり、有名です。

*2:私たちの行程は、少し説明が必要です。安中方面から深谷までは、2018年の暮れに歩きつなぎ、ここで、一旦行程を区切りました。その後しばらく時間を開けて、再び深谷から歩き始めたのは、2019年の5月です。この時が、中山道最後の行程。一気に日本橋へと向かいました。