旅素描~たびのスケッチ

気ままな旅のブログです。目に写る風景や歴史の跡を描ければと思います。

歩き旅のスケッチ25・・・中山道、芦田宿から塩名田宿へ(後編)

 八幡宿と塩名田宿

 

 信州の心地よい空気を感じながら、中山道の歩みをつづけます。瓜生坂を越えてから、比較的なだらかな道が続く千曲川までの道のりは、街道自体はそれほど趣はありません。

 遠くに山並みを望み、のどかに佇む集落をつなぐ中山道。信州と関東とを隔てる山の壁に向けて進んでいきます。

 

 八幡宿へ

 「くまさん」食堂で遅めの昼食を取った後、再び、国道142号の歩道を東に進みます。その後、すぐに国道と別れ、左手の集落に入ると、その先が八幡宿です。

 望月宿から3.5Km。信濃路の後半は、小刻みに宿場が設けられています。

 

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※八幡宿の様子。

 

 24番八幡宿(やわたじゅく)

 八幡宿は、宿場町の面影はあまり残っていません。民家が街道伝いに貼り付いていて、今では、ごく普通の集落です。

 宿場の後半には、本陣跡の門が静かに佇んでいました。この由緒ある小さな建造物だけが、わずかに、この集落がかつて宿場町であったことを伝えてくれているようです。

 この八幡宿も、皇女和宮一行の宿泊地。千曲川の川渡を控えたこの場所は、重要な宿場町だったのでしょう。

 

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※八幡宿本陣跡。

 

 千曲川

 この辺りは、蓼科山の山裾に沿って流れる千曲川の流域にある、細長い盆地のようなところです。中山道は、少し起伏はあるものの、概ね平坦で歩きやすい道。それでも、かつては、この先、およそ3Kmのところに横たわる、千曲川の渡りは、難所だったに違いありません。

 秩父の山々や八ヶ岳を源流とする千曲川は、上流に近いこの位置でも、水量の多さと流れの速さによって、旅人を苦しめたことでしょう。

 今年の台風19号も、長野市の一帯だけではなく、中山道と交わる佐久地方でも、大きな被害をもたらしたとのこと。この辺りの風景を思い起すと、本当に心が痛みます。

 前回の「歩き旅のスケッチ」でも少し触れたように、信濃路の後半は、小刻みに宿場町が配置されています。理由は定かではないものの、千曲川の存在による、旅の行程調整が必要だったためかも知れません。

 

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※御馬寄(みまよせ)の集落と塩名田方面を望む。

 

 千曲川

 八幡宿を出て、しばらくすると、御馬寄(みまよせ)の集落です。少し高くなった、丘のようなところを下って町の中に入ります。そして、その先に千曲川。この御馬寄からは、川を挟んだ向こう岸に塩名田の宿場が望めます。

 

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千曲川に架かる橋。橋の向うが塩名田宿

 

 御馬寄と塩名田間に横たわる千曲川は、川の幅はそれほど広くはありません。それでも、河原から橋げたまでは結構高く感じます。川に架かる橋は、車道の脇に歩道橋が設けられ、その入口には、かつての川渡の様子を記した、中山道の案内板もありました。

 御馬寄から塩名田の宿場を望むと、橋桁から、一段低い堤防のところに、ずらりと民家が並んでいます。そこは、かつて、千曲川を渡る基地となっていたところの様子です。*1

 

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※橋のたもとにある案内板。

 23番塩名田宿(しおなだじゅく)

 千曲川を渡り、塩名田宿に入ると、そこは少し寂れた様相の町並みでした。それでも、川からなだらかに上る街道の道筋は、何となくノスタルジックな景観です。今となっては、宿場町の賑わいは遠い昔の話でありながら、往時の喧騒が、瞼の裏に思い浮かぶような風景です。

 塩名田は、その名前からも、不思議な魅力を感じます。信州の、山に囲まれた盆地に位置しながら、”塩”とゆかりがあるということなのでしょうか。

 

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 ※千曲川の橋を渡り、塩名田宿に。

 

 街道の坂を上がると、真っ直ぐに、東に延びる道が見渡せます。この通りが、かつての宿場町の中心地。早くから道路整備が進んだようで、宿場町の雰囲気はあまり残ってはいません。

 それでも、中には古い建物もあって、所々に木造りの大きな看板が掛けられていました。その看板は、かつての宿場での役割を紹介するものです。本陣を示す看板などもありました。

 

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※問屋本陣跡。

 

 バスのルート

 この日の出発地点、芦田宿がある立科町役場へは、しなの鉄道大屋駅からバスが出ていることは、前回お伝えした通りです。

 同じように、立科町役場からは、塩名田宿佐久平岩村田宿方面にもバスルートがあり、中山道を歩きつなぐ者にとって便利な交通手段です。

 

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千曲バスバス停留所立科町役場と佐久市方面を結んでいます。

 

 この日、芦田宿を出発し、望月宿、八幡宿を経て塩名田宿へ。12Kmの行程です。私たちは、塩名田の宿場で足を止め、宿のある佐久の街で一夜の宿をとりました。

 

 翌日は、バスで再び塩名田に戻り、今度は佐久市の中心地、岩村田宿を目指します。

 

*1:川の堤防沿いに並ぶこれらの建物は、今も往時を偲ぶ町の様子が見られるとのことです。ところが、ここへ立ち寄るには、街道からは少し寄り道が必要。残念ながら私たちは、見過ごしてしまうことになりました。次回訪れた時には、是非とも足を伸ばしてみたいと思います。